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昭和四十年当時の有限会社三和商事
時計材料、時計工具、時計バンド、陳列サック等の卸

本社:東京都台東区上野六丁目二番十一号
電話(八三二)二三四七番(代表)
代表者:和田幸雄
資本金:三百万円
取扱品種:時計材料、時計工具、時計バンド、陳列サック等の卸

昭和四十年当時の有限会社深沢時計店
明治四十四年に伊香保御用邸係を命ぜられた群馬県前橋市の老舗

本社:群馬県前橋市連雀町五十八番地
電話:前橋(〇二七二)(二)三九一一番
代表社員:深沢五郎平
営業:時計・眼鏡・貴金属小売販売
取引銀行:富士、勧銀前橋支店、群馬銀行本店
業歴:故服部金太郎翁のすすめで前橋に開業してから昨年で五十年になった。創業五十周年記念謝恩会を伊香保温泉で開催、盛況を呈した。その以前は明治四十四年に伊香保御用邸係を命ぜられたが大正十年退職、同十一年に前橋組合に入りこの頃から群馬県連合会の創立に努めた。
店舗の写真は近代的設計に因んだものとして県当局の賞讃を博した。

昭和四十年当時の大和貿易株式会社(インカブロックープロモーションーセンター)
時計検定機ビブログラフを初めて我が国に紹介した社歴を持つ

本社:東京都港区麻布兵衛町ニ丁目ニ十五番地
電話:(五八二)○八八一一番(代表)
取締役社長:山田元次
創立:昭和二十四年
取引銀行:三和銀行東京支店、三菱銀行六本木支店
業歴:インカブロック、トリオスタッ卜、ギロキャップ、ビブログラフ、グラドスコープ、スピログラフ、時計用貴石、精密工作機器、スイスーポルテスキャップ社、レノー社日本総代理店。
業種:時計業界に仲間入りしたのが昭和二十六年、インカブロックで有名なスイス国、ポルテスキャップ社及びその販売部門であるレノー社と総代理店契約を結び、特に時計検定機ビブログラフを初めて我が国に紹介した事は社歴を一層輝かしいものとしております。ビブログラフは、第二精工舎を始め各メーカーから絶賛をもって迎えられ、従来の計時調整に画期的な役割を果たしました。
爾今、時計輸入業者並びに有力な小売店で買上げていただき、今日迄に一千台余りが、最とも信頼のできる時計検定機として関係者に愛用されています。
ポルテスキャップ社の諸製品の販売を足掛りとして、時計製造に関する諸機械、時計用貴石、貴石加工機械、工具類等の代理店契約が着々と進み、各メーカーに納入しご愛顧を頂いております。
更にインカプロック、プロモーションセンターとして広くインカブロックを始めとするポルテスキヤップ社製品の紹介に当り、我国の時計産業の発展貢献しております。

昭和四十年当時のみつわ真珠工業株式会社
総工費五億円で地下二階、地上九階の銀座みつわ本社ビルを建設

営業種目=真珠養殖、加工、卸売並輸出入、貴金属宝石、装身具一般製作卸
資本金:八干万円
販面部、宝石専門店としてのミワ併営
日本橋三越はじめ、新宿小田急デパート、横浜高島屋デパートなどに出店
略歴:大正九年四月、前社長の三輪豊照氏が貴金属卸商を文京区・湯島で開業、昭和九年株式会社に組織変更した。
戦後、みつわ真珠工業株式会社を設立、真珠養殖事業に育成、貢献した。昭和二十三年六十五
歳で没す。
昭和三十九年六月に地下二階、地上九階、建坪六百五十一坪、総工費五億円で銀座みつわ本社ビルを建設、一階を宝石専門店ミワの称号で併営している。大阪市南区周防町十六に関西支店がある。写真は東京銀座のみつわ本社ビル。

昭和四十年当時の『上野問屋連盟』
国産時計、舶来時計、時計材料
貴金属宝石、眼鏡、時計附属、喫煙具:何んでも揃う問屋街
 
上野問屋連盟連は、日々の取引を通して皆様と共に、新しい商品経営の在り方を研究し、相互の繁栄を約束してゆこうとする卸商の集りです。各店とも取扱商品は一流メーカーの優秀品を豊富に取揃えてありますので、迅速に仕入れることが出来ます。
しかもサービスは万点。必ずや皆様方に満足がいただけるものと確信してご来店を御待ち申しあげております。当連盟は昭和三十三年に設立されました。
昭和三十五年から、関東各県連主催による展示会に出品、多大の成果を上げております。あけ展示会の出品、開設、希望の向きは、何なりとご相談下さい。

上野問屋連盟加盟店(順不同)

▽舶来時計・貴金属:小野金商店、▽シチズン・国産時計全般:加賀屋商会、▽舶来・国産時計全般・貴金属:(有)越光商店、▽眼鏡・光学器:三共社、▽舶来時計:大洋商会、▽舶来・貴金属・サック:原徳商店、▽貴金属・装身具:藤屋商店、▽セイコー時計専門:牧野商会、▽シチズン時計特約店:マルエス商会、▽眼鏡・光学器:森謙眼鏡店、▽国産・舶来時計:ユオ時計、▽国産・舶来時計:吉田時計店、▽セイコー時計専門:東信商会、▽喫煙具専門:田辺昇商店、▽舶来時計・付属品:川村時計店、▽付属品・貴金属:斎藤儀蔵商店、▽付属品・貴金属:斎藤利二商店、▽国産時計全編:東栄都営、▽付属品:能村商店。

昭和四十年当時の『株式会社徳力商店』
分家独立「江戸橋」の名称で六十年を誇る地金界の名門

取締役社長:鈴木錦之助
本社:東京都中央区日本橋江戸橋三丁目四番地
電話:(二七一)六八二五(代表)
略歴:金、銀、白金地金、美術工芸品を販売、通称「江戸橋」の名で知られる徳力商店の創業は古い。明治三十六年八月十六日に、鈴木直次郎氏が日本橋江戸橋三−四に独立して以来、六十年を誇る地金界の名門である。
神田の徳力本店の前身である金銀商の次男に生れた直次郎氏が、分家独立「江戸橋」の名称で親しまれてきた。徳力商店がもつ大衆宣伝の庶民性はここにその基礎があり、その使命を果している。現社長の錦之助氏は、その伝統をうけつぎ、地金界に雄飛をとげ、各方面の信頼を深
め、倦む事を知らないファイト、修練を積んだ手腕と、すぐれた人間味で今日の徳力商店を築きあげている。
氏は、大正七年十一月二十八日東京・神田に生れ、昭和十三年日本大学経済学部を卒業、十四年現役で東部軍に入隊、終戦に至るまで将校として隊内にあり、二十一年に復員した。空襲にざらされた東京、江戸橋の社屋は戦禍をうけ、また当時、金、銀、白金はいずれも製造販売統制下にあり、営業の進展は図れなかったが、その後統制は、漸次緩和され、二十四年六月新社屋を建設、積極的な営業を開始、卓越した手腕は、縦横に伸びていく機会でもあった。当時すでに厳父の直次郎氏は、錦之助氏に経営面の手腕を発揮させるチャンスを考えていただけに、この再建復興のテンポは、フレッシュな感覚を背景に加速度的に伸び、業績の進展は注目を集めた。
昭和二十八年八月、金の統制が解除され地金界は、全面的に自由取引が可能となった。ここで多年の宿願としていた新しい商策を次々と打ち出した。特に、昭和三十一年、貴金属製品の免税点引き上けが業界の要望によって実現したが、この機会を逃さず、指輪を始め、その他貴金属製品一般の大衆宣伝を開始、新聞、雑誌、ラジオなどマスコミをつかって卒先して活発に展開したことは貴金属・地金業界に大衆商品として花やかな脚光を浴びさせ、地金界に新風をおくるとともに斯界の発展に貢献少なからぬものがあった。
堂々たる体格は、二十三貫、商売熱心さも人一倍で、温厚なうちに亊を決したら、敢然と実行する。古いのれんに新しいセンスを生かす、独特の「経営戦略」は、地金業界に重きをおく存在として成長している。「日本の地金業界の威信を高め、大衆に貴金属品を愛してもらうよう努力する」とその気力はなかなかたくましい。と同時に「事業を通じ一般の貴金属に寄せる観念を高めたい。」とその抱負を語るあたり、なかなかの政冶力を内に秘めている。
そしてこの闘志こそ氏の今日を築きあげたものであり、その将来を約束しているものである。
父君に似て、豪放ライ落な性格、それでいて中々キメの細かいところがある。大胆で神経のゆきとどいた人である。氏の計画が時代にマッチしたこともあるが、やはり経済状況の判断の的確さ、ひたむきな仕事熱心と誠実さが業界に受け入れられていく。覇気に富み、綿密な計画と実行力を兼備する経営力をもっている。働き盛りの年令であり、進取、積極の気性はさらに今後円熟味をましていくであろう。趣味は、スポーツ、横綱・大鵬の熱心なファン。家庭は政子夫人との間に男二人、女三人。四十五才。

昭和四十年当時の『株式会社越光商店』
大正九年、東京逓信局内偏友会の指定商として時計貴金属の月賦販売を開始

本店:東京都台東区上野二丁目八番地七号
電話:(八三一)六三七四・九〇七六番
取締役社長:越光保
営業種目:各種時計、貴金属・宝石卸

新日本時計株式会社
本店:東京都台東区上野二丁目八番地九号
電話:(八三一)二九二九番
取締役会長:越光保
取締役社長:越光実
営業内容:ベンラス、イメージ、チトニーの輸入代理店
業歴:業界入りの始めは、十三歳の折り、浅草・並木町の中田時計店に入店、その後大正六年、下谷区入谷町に於いて越光商店を創業した。大正九年、第一次世界大戦終了後の二十三歳の時、東京逓信局内偏友会の指定商として時計貴金属の月賦販売を開始、順調な業績を続けていたところ、大正十二年の大震災に遭遇、全焼の被害をうけた。しかし再び逓友会の指定商となり営業を再開、営業地域を北は新潟から南は浜松など、関東一円から北陸、中部方面へと販路を拡大し、業績は非常な伸長を示した。
その後浜口内閣のころ、深刻な不況に見舞われ、ついに逓友会指定商を辞退、悪戦苦闘で文字通り苦難の境地に遭遇した。このころ世はあげて戦時一色となり、第二次世界大戦に突入、正常な営業は不可能となったので、軍需省関係の日本計器工業を設立、工場長として生産面に従事した。
戦後は、再び時計・貴金属商として卸売業を開始、昭和二十三年に現在地に移転し、次男越光滋氏が社内業務一切を担当している。
その間、日本時計貿易株式会社を設立、専務取締役に就任、また日本輸入時計卸商協同組合を設立、その初代理事長となり現在相談役に就任している。
一方、新設の新日本時計株式会社は、長男越光実氏を社長にして創立当初はコマ天府置き時計の製造を開始したが、現在はベンラス、イメージ、チトニーなど輸入時計各ブランドの輸入総発売元とし順調な業績を上げている。

昭和四十年当時の『株式会社香取宝飾時計店』
宝石の鑑定に伴って高級天然宝石類の愛好需要者が同店に殺到

本社:東京都千代田区神田小川町二丁目十番地
電話:(二九一)四三二一番
代表取締役:香取栄一

業種:宝石、貴金属、時計卸売買
業歴:創業は大正三年五月、四代目の亡父により浅草・花田戸で時計卸を専門に始めて五十有余年を経過、四代没後の昭和二十三年三月より香取栄一業務を継承してより新規方針を立て、時計に加えて宝石類の取扱いを専門化したるところ、大衆の賛辞が続到し、現在は宝石部の鑑定に伴って、ヒスイ、エメラルド、ダイヤモンド等高級天然宝石類の愛好需要者が同店に殺到し、その盛況によりますます繁栄していった。
取引は一切現金一本位、従って薄利多売するところに世評高まり、加うるに伝来の誠実本位は取引関係の各面に信用を厚くしている。
取引銀行は、三和銀行神田支店、振替口座、東京一九五四八〇番。



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