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昭和四十年当時の『東京タイシュン貿易株式会社』
英国、南アフリカ、ベルギー、イスラエルなどからダイヤモンドを輸入商

取締役社長:今泉清二朗
本社:東京都中央区銀座八丁目二番地
電話(五七二)三七六七番代表
取り扱品目:ダイヤモンドその他天然宝石の輸入卸販売
概況:主として英国、南アフリカ、ベルギー、イスラエルなどからダイヤモンドを輸入、全国各地に卸販売を業としている。またオパール、ヒスィ各種天然石の輸入販売も行っている。それらの実績は、各デパートで開催されるダイヤモンド及びヒスィ、オパールなどの大展示即売会が行なわれる際に、同社がこれにタイアップして既に何回もの実績を残している亊実によっても品質の如何が実証される。
ダイヤモンドやヒスィ、オパール等の天然石に対する愛着は、その品質の優なるものを保持しうるかどぅかにかかっており、その特別優秀品を持てる向には有名各デパートは率先展示会への開催に備えて、それに協力方を要請しています。最近のように貴金属、宝石に関するブーム
時代にあっては、殊更その感が深いのであります。同社はあらゆる面の企画構成についても検討しており、ダイヤモンドを中心にして且つヒスィ、オパール等あらゆる商材においてもご要望にお応えする所存でございます。

昭和四十年当時の『鈴田屋』
貴金属、宝石、宝飾品の製造に主力を注ぎ、「チドリの商標」を使って信頼を高めた

代表取締役:鈴木正雄
本社:東京都港区新橋一丁目五番五号
中光ビル三階
電話(五七二)一九六五番
事業の現況:先々代の鈴木徳蔵氏が明治十年日本橋・本石町の岩田屋(煙筒商)より独立し、鈴田屋商店を創立、主に煙草入とその附属を取扱っていた。先代の鈴木徳蔵氏は、大正年間中期より、貴金属、宝石、宝飾品の製造に主力を注ぎ、「チドリの商標」を使って信頼を高めたのは、この頃の品質的にも最上級であったという記録を持っている。終戦後、三代目の鈴木正雄氏の時代に到り、昭和二十五年、有限会社鈴田屋に組織を改め、昭和三十九年四月、個人営業の鈴田屋を発足して現在に至る。

昭和四十年当時の『千葉産業株式会社』
ベルギーよりダイヤモンドの輸入を開始、卸商社の卸す

取締役社長:伊藤智(大正九年一月一日生)
本社:東京都新宿区淀橋七一五番地
電話(五八二)四九九三番
資本金:一千万円
取扱品目:宝石貴金属、工芸品装身具、ベルギー産最高級ダイヤモンド輸入卸
概況:昭和二十七年創立、装身具工芸品の卸販売を業とし、全国的に販売網をもつ、昭和三十八年以降、貴金属宝石を重点とした卸業に踏切る。昭和三十九年四月、東京貴金属工芸品卸商業協同組合に加入、同時に日本市場のダイヤモンドの需要増加に着目、ベルギーより最高級のダイヤモンドの輸入を開始、国内に信用ある卸商各位を対照として取引を進めている。

昭和四十年当時の『株式会社佐々木ウインド製作所』
店舗設計・施工は数百軒に上り、幸に好評を博して事業が拡大

本社営業所:東京都台東区東上野六丁目一番十七号
電話(八四四)七七一三・三九六四番
ショールーム:東京都台東区松が谷一丁目四番一号
電話(八四四)二九四九・二八九八番
金属木工部:東京都台東区東上野六丁目四番四号
電話(八四四)二九八二番
取締役社長:佐々木太
創業:昭和六年十二月
取扱品種:店舗設計・施工
略歴;大正十三年、仙台より上京、下谷区仲御徒町二丁目の上野製作所に入所、陳列金具及陳列ケース製作に従事、昭和十八年より北海道・四国・九州・朝鮮・満洲方面へ出張外交に従事、昭和六年十二月下谷御徒町二丁目にて開業、店舗設計施工として戦時中は軍の東京無線協力工場となる。昭和二十年三月十日戦災にあい、同年三月十三日海軍に召集、同年九月に解除という経過を辿った。
業況:昭和二十二年に陳列金具・陳列ケース業を開始、昭和二十六年株式会社を創立、取締役社長に任じ店舗設計施工として広く北海道・四国・九州等全国的に出張施工を行うのが特長だった。
時計・宝飾品・眼鏡等の業界関係店舗の注文に接したものは、これまで数百軒に上り、幸に好評を博しており、拡大する業界状況に応じて業績も順調に伸びていった。

昭和四十年当時の『株式会社東栄商会』
トーエークラウン時計バンドや装身具の製造発売元

代表取締役社長:百田明
本社:東京都台東区東上野一丁目十五番八号
電話(八三二)五三〇一番
創立:昭和三十六年一月十八日
資本金:五千万円
取扱品種:時計付属品、貴金属装身具、製造卸
略歴:現社長は昭和八年より、同二十年の終戦時まで、満州大連市にて時計附属品卸、百田商会を経営、昭和二十二年に引揚げた後は、百田商会の東京支店に於て営業を再開、昭和二十六年一月十八日、株式組織として「東栄商会」と改める。
昭和三十一年八月、練馬工場を設立、昭和三十四年十一月、杉並工場も建設した。同年の十二月には、大阪に支店を開設している。
商標は、時計バンド、トーエークラウン時計バンドや装身具、トーホークラウンジェエリー等。

昭和四十年当時の『株式会社スワロー商会』
ビケン力ッ卜指輪の卸販売を事業として開始

本社:東京都台東区東上野一丁目十七番三号
電話(八三一)四二三七番
(八三一)四六五一番
取締役社長:村井象次郎氏
(写真は創業者の村井寅吉氏)
営業種目:貴金属装身具、カッ卜指輪(ビケン)、時計付属バンド卸
事業概歴:当商会は大正七年、東京都台東区西町十九番地に設立した日月商会(創業者は村井寅吉)の延長であり、当時は満州、北支方面を始め、第三国向けの輸出貿易に重点をおいていた。その後大連に出張所を設け、販売に努めていたが終戦を機会に本土に移ったものが、この当時は販売物資の外不足勝ちであったので、栃木の武内氏らと共に物品交換市場を開いて業界の発展に努めた。組合事業に関しては、昭和十五年東京腕時計バンド組合を創立するや、外園氏のあとを受けて、昭和二十四年金属会館を建設するなど公共的事業面に一段と努めた。
同商会は、昭和三十三年に組織を改めて現所在地に時計付属バンド、貴金属、装身具、力ッ卜指輪類の卸販売を事業として開始したが、特にビケン製力ッ卜リングを取揃え大方の業者から好評を博し、販路は東京、名古屋、大阪、九州を含め全国的に拡大した。

昭和四十年当時の『株式会社東京ウインド商会』
ケース組合の初代理事長を六年間努め、税務関係のも強い店舗設計施工業者

本社:東京都台東区蔵前四丁目六番八号
電話(八五一)一七六五、六七〇八、〇七〇三番
本工場:江東区深川洲崎弁天町一丁目十五番
電話(六六四)七八八〇、九一八九番
倉庫:江戸川区東小松川一丁目五四○七番
電話(四五一)一○八九番
取締役社長:田中義雄
営業職種:時計、宝石、貴金属、眼鏡等の店舗設計施工
略歴:昭和二年東神田にあった指久米商店陳列部に入社、木工、仕上、其の他全般にわたり修行、当時六十余名の従業員の中で社長に認められ、社長の代理として業務全般を指揮、昭和九年下谷に於て独立、「指義商店」を設立、戦争中に軍の木工関係に従事、終戦と同時に当時焼野原であった蔵前に将来を見越して移転、「株式会社東京ウインド商会」として発足、そしてケース組合の初代理事長を六年間努め、税務関係その他にわたり活躍した。得意先は現在全国時計連合会会長である東京・銀座の日本堂時計店を始め、北は北海道より九州に到るまで、その間朝鮮にも販売網を広げた。そのあと静岡県浜松市と千葉市に支店を設けている。創立当時
より、経験して来た従業員としての努力によって、新しい感覚のデザインが良く調和するよう努め、以て流通革命の最先端をゆく店舗設計施工の完成に努力した。それによって当業界が益々発展向上するために最善を尽している。
以上の業歴を持つ田中社長は、業務についての熱心さと来たらまた別人のような魅力をもつものがある。先ず自己の職業が店舗作りにあると決めている以上、この店舗の設計と施行についてはいろいろと研究を怠ってはいない。
例えば時計、貴金属、眼鏡、喫煙具等の商店から注文があったとしたら、その店の状況判断のための資料作りに自らがまたは意中の人をして、設計施工をなすべき店舗のその知的環境についての具体的な検討を行なうことに先ず努める。このような措置は、ウインドなどの店舗施設についての設計をすすめる場合には絶対必要な条件である。なんとなれば、設計される店舗作りの如何によって、客の眼と足を、そのウインドに近づけることに役立つことになるからである。
いうなれば、店作りの良し悪しいということによって、その店の売上げに影響することになるからである。だから店舗作りの場合、その店舗作りをどこの製作所に依頼しようかということが必ず先決されるであろう。
従ってこのような場合には、親切で、アイデアを持つ東京ウインド商会をという指名がもたらされるようにと予め店作りのための説明資料などは常に豊富に用意しておくというのが東京ウインドの特長となっている。この方針は、ウインド作りを営業としている限り、絶対的に守らなければならないと田中社長の基本は固いのである。

昭和四十年当時の『株式会社ベアー』
ベアー印時計バンドの総発売元、レノックス時計バンド(米国)の国内総代理店

代表取締役社長:谷清丸
代表取締役専務:上野公博
創業:昭和五年、法人改組:昭和三十年

本社:東京都台東区東上野一丁目十二番十二号
電話(八三三)八三一一番(代表)
大阪支店:大阪市南区順慶町四丁目六番地
電話(二五一)一八二六・六四六四番
名古屋営業所:名古屋市東区高岳町一丁目二十三番地
電話(九四)四五九六番
福岡営業所:福岡市舞鶴町二丁目一番地三号
電話(七四)三四七一番
事業内容:ベアー印時計バンドの総発売元、レノックス時計バンド(米国)の国内総代理店、
時計バンド・貴金属装身具類の輸出入
業歴:当社は昭和五年に創始者の上野力蔵が貴金属装身具並びに喫煙具の販売を目的として浅草・新福井町に開業した亊に始まり、やがて成長産業である時計業界に着目、これと不可分の関係を有ずる時計バンドの製造販売に力を注ぐ亊になった。
その後、昭和二十二年に店舗を台東区竹町一二〇番地に移転、商号を「株式会社上野力蔵商店」に変更、更に業務の拡張により再び店舗を台東区御徒町三丁目五九番地に移し、昭和三十年には新時代に相応しい商号「株式会社ベアー商会」と改称した。
そして昭和三十四年に大阪支店、同三十九年に名古屋、福岡両営芙所を開設し得意先への迅速なサービスに努める一方、国内国外の営業活動を容易ならしめる為、昭和四十年には地下一階、地上七階総面積六百五十一坪の「新本社ベアービル」を完成、現在に至っている。
当社の経営基本方針は、社内にあっては「一家和楽」の精神、社外に対しては得意先に新製品の開発、誠実なサービス、漸新なアイデアの提供によって「よく売れるベアー製品」を目的とし、仕入先には「安心して取引が出来るべアー商会」たらん事を目的とし、以って時計バンド並びに関連業界全体の繁栄に供す事である。更に、国外に対しては積極的な市場開拓の努力によって輸出を伸長し、我が国の国力増強に幾らかでも寄与せんとの大志を持っている。

昭和四十年当時の『株式会社中島商工』
貴金属と宝石界では、古参歴を持つ三直商店の後継代表店

代表取締役:中島鍵太郎
専務取締役:中島専介 
本社:東京都大田区蒲田四丁目二十番
電話(七三八)五三四五番
上野連絡所:東京都台東区上野六丁目九二十一号(内藤ビルニ階)
電話(八三一)二九五六番
業種:金、銀、白金及び貴金属卸
業況:貴金属と宝石界では、古参歴を持つ三直商店の後継代表店であり、その信用が今なおこの中島商行に続いている。
営業方針は品質厳選主義、誠心誠意をつくして取引するところに変らぬ信用が得られている。上野連絡所は取引先のための便利機関に備えたものである。

昭和四十年当時の『株式会社柳原精器製作所』
高級な時計や貴金属品のケースメーカー

本社:東京都荒川区西尾久三丁目三番地三号
電話(八〇一)三六一六番
工場:川口市上青木町五丁日二十三番地八十六号
電話:〇四八二(51)Ξ八三〇番
創立:昭和三十六年三月
代表者:柳原銀次郎
業種目:高級時計ケースの製造を主とし、貴金属製品をも取扱っている。時計ケースの製作面では高級品本位に主力をおいており、然も一貫生産体制をとっている。納品先は、セイコー、ラドーなど信用の持てる範囲に限り、品質検査の場でも自信の下に完納している。
貴金属製品においては、昭和三十九年五月に川口工場を新設して高級指輪を主として、カフス釦をはじめ、タイ止、ブローチ、ペンダント、ネックレスなど各種に亘り、プラチナ、金の各種資材を応用しており、注文品に対しては顧客の満足のいくよう念入りに仕上げ、期日に納品する事をモットーにしているメーカーである。



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