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昭和四十年当時の『有限会社サンエー社』
昭和四十年当時の『有限会社藤屋商店』

貴金属、宝石一般製造、卸販売

本社:東京都文京区湯鳥四丁目五番二十二号
電話:(八一一)五七〇五番、二九六六番
代表社員:藤田悛
業種:貴金属、宝石一般製造、卸販売
業歴:昭和十一年創業以来、指輪、ブローチ、ペンダントなどすべて自家製造という信頼度の高い製品を製造販売している。現社長の父栄吉氏の時代からすれば、業界内では歴史の古い商

昭和四十年当時の『有限会社サンエー社』
時計ガラスを生産し、国内は勿論、輸出貿易面の受註にも応じている

本社:東京都中野区橋場町四十番地
電話:(三八一)四三八八番
代表者:丸林武男
資本金:二百万円
業種:プラスチック時計ガラス製造販売
業歴:プラスチックによる時計ガラスを生産し、国内は勿論、輸出貿易面の受註にも応じている。

昭和四十年当時の『吉川貴金属宝石株式会社』
ネックレスについての修理加工等は得意としている

本社:東京都台東区上野三丁目十三番一号
電話:(八三一)一七二九・七五七八番
代表取締役:勝田輝昭
創業:昭和三年八月
営業品目:貴金属装身具諸宝石、プラスチック製品製造卸
業歴:ダイヤ、ヒスイ、オパール、真珠、各種宝石類、装身具加工品、指輪、首カザリ、ネクタイピン、バックル、手ボタン、高級バンド、銀製品に陳列用指輪、時計用ケース並びに箱類に到るまで取扱い、然もそれらの修理と石合せについても懇切丁寧かつ迅速に調製するのが当店の特長としている。特にネックレスについての修理加工等は得意としております。
領の多少にかかわらずお申し付け下さい。

昭和四十年当時の『有限会社小沢製作所』
貴金属装身具類、印代、甲丸、石入りダイヤモンド制作

本社:東京都杉並区和田木町五番地
電話:(三八一)九七二一番
代表者:小沢与三次
創業:大正十一年
資本金:百万円
取扱品目:貴金属装身具類、印代、甲丸、石入りダイヤモンド制作

昭和四十年当時の『株式会丸美商会』
ブローチ、ネックレス、タイ止、指輪各種

本社:東京都台東区台東二丁目二十二番六号
電話(八三一)七〇五八番、九五四九番
取締役社長:熊田冶
取扱品目:ブローチ、ネックレス、タイ止、指輪各種

昭和四十年当時の『株式会三鈴商会』
誠実・迅速な取引、親切第一をモットーな時計と貴金属卸

本社:東京都豊島区西巣鴨四丁目一二一番地
電話:(九八三)二九五二番
代表者:鈴木鯉一
商業:昭和二十五年

扱い品目:シチズン、オリエント腕時計各種・輸入腕時計。
リズム・東京掛置時計・明冶・栄計舎掛時計、ジェコー・光星舎電池時計       
貴金属装身具・宝石・指輪・時計バンドの卸
モットー:誠実・迅速な取引、親切第一

昭和四十年当時の『株式会社伊勢正商店』
日銀ダイヤ払い下げの日本代表鑑定家

取締役社長:大平吉蔵
本社:東京都千代田区須田町一丁目三十番地
電話(二五六)五五一一(代表)
業種:貴金属、宝石卸販売
業歴:同店の現況は、貴金属と宝石類の仲間取引と小売店に対して卸販売を行っている。主として有名店またはデパー卜の指定商として活躍しており、信用本位に納品する主義が好評を博し、商況は伸長性を見せている。
代表取締役の大平吉蔵氏は、小売販売面では永年にわたって種々体験している業界でもベテランだけに、貴金属と宝石に関する限り、他に長じたところが多く、いろいろの面で代表的な役割りを任じている。
所属している組合関係では、東京貴石倶楽部メンバーの外、全国宝石商協同組合の理事長に現任しており、更に全国宝石商協同組合関東支部長という重責の任にもある。
最近の時計、貴金属業界の各部をあげて活動した物品税に対する改訂運動の際には、衆望を担いその当事者となり、全時連などを傘下に収めた金宝連の代表の一人として政府側との接衝等に努めたその功績は大きい。従って同氏が関与する諸般の事業とその執行面については諒解されるところが多く、特に団体的の事業では、その中に欠かすことの出来ない存在となっている。いわく、信用本位という式のものは、この伊勢正商店の在り方をして第一位に誇るものであろう。
大平社長の事績中、特に取り上げられるものとしては、過ぐる大東亜戦争当時、民間から買上げた軍需用ダイヤモンドが目下、日銀の倉庫に埋蔵されており、それを本年秋から一般向けに放出を行うための政府方針に基いて、そのダイヤモンドの品質及販売価格の鑑定を行うための鑑定委員に選ばれている。米国ワシントン州の博物館からやって来た宝石鑑定家の世界的大家E・P・ヘンダーソン氏らと共に、日本人の宝石業者連をよくまとめて責任ある業務を執行し遂げた事実は、日本宝石界の代表的史実として誇りうるものといっていいだろう。(写真は日銀においてダイヤモンド鑑定を行っている大平氏)昭和四十一年四月

昭和四十年当時の『株式会社竹本』
国内の唯一の地形バンドメーカーとして一躍業界の最右翼に

取締役社長:竹本茂次
大正九年十二月三十日生まれ
東京都出身
本社:東京都台東区上野六丁目四番十一番
電話:(八四二)四九一一番
大阪支店:大阪市南区二ツ井戸町十五
電話(二一一)三一〇一番
資本金:三千六百万円
商標:スネーク印
従業員:“優れた品質、輝く実績”をモットーに百名が働く

営業品目:時計バンド
創業:昭和十五年
専務取締役:熊谷圭一
常務取締役:田辺吉三郎
大阪支店長:岩田清市
経営顧問:望月新八(法政大学教授)
技術顧問:市崎和弘
企画顧問:滝川美一(二期会会員)栗原宏(真赤士会会員・多摩美術大教授)

樺|本は、昭和十五年竹本商店の名称のもとに、個人経営の形で発足し、時計バンド及び各種装身の製造卸の専開店として、現社長竹本茂次を中心に斯業に経験の深い生え抜きの社員に依り、堅実なる経営を信条として業界に独特な存在を認められ、着実に地歩を固めて参りました。昭和二十八年十二月事業の伸展に伴い、内容の充実と組織化を図るため。株式会社竹本商店を設立、昭和二十九年一月訪独、西独ロディ社のパーフェクトバンドの日本特許権の行使につき契約、更に三十一年五月同社の招請に依り再度訪独欧州各地を視察。国内の唯一のメーカーとして一躍業界の最右翼に位するに至りました。
昭和三十九年、現所在地に鉄筋三階建地下一階の本社ビルを建築し、これを機会に増資を行い、社名を株式会社竹本と改め、現在に至る。

昭和四十年当時の『株式会社香取宝飾時計店』
宝石の鑑定に伴って高級天然宝石類の愛好需要者が同店に殺到

本社:東京都千代田区神田小川町二丁目十番地
電話:(二九一)四三二一番
代表取締役:香取栄一

業種:宝石、貴金属、時計卸売買
業歴:創業は大正三年五月、四代目の亡父により浅草・花田戸で時計卸を専門に始めて五十有余年を経過、四代没後の昭和二十三年三月より香取栄一業務を継承してより新規方針を立て、時計に加えて宝石類の取扱いを専門化したるところ、大衆の賛辞が続到し、現在は宝石部の鑑定に伴って、ヒスイ、エメラルド、ダイヤモンド等高級天然宝石類の愛好需要者が同店に殺到し、その盛況によりますます繁栄していった。
取引は一切現金一本位、従って薄利多売するところに世評高まり、加うるに伝来の誠実本位は取引関係の各面に信用を厚くしている。
取引銀行は、三和銀行神田支店、振替口座、東京一九五四八〇番。

昭和四十年当時の『株式会社越光商店』
大正九年、東京逓信局内偏友会の指定商として時計貴金属の月賦販売を開始

本店:東京都台東区上野二丁目八番地七号
電話:(八三一)六三七四・九〇七六番
取締役社長:越光保
営業種目:各種時計、貴金属・宝石卸

新日本時計株式会社
本店:東京都台東区上野二丁目八番地九号
電話:(八三一)二九二九番
取締役会長:越光保
取締役社長:越光実
営業内容:ベンラス、イメージ、チトニーの輸入代理店
業歴:業界入りの始めは、十三歳の折り、浅草・並木町の中田時計店に入店、その後大正六年、下谷区入谷町に於いて越光商店を創業した。大正九年、第一次世界大戦終了後の二十三歳の時、東京逓信局内偏友会の指定商として時計貴金属の月賦販売を開始、順調な業績を続けていたところ、大正十二年の大震災に遭遇、全焼の被害をうけた。しかし再び逓友会の指定商となり営業を再開、営業地域を北は新潟から南は浜松など、関東一円から北陸、中部方面へと販路を拡大し、業績は非常な伸長を示した。
その後浜口内閣のころ、深刻な不況に見舞われ、ついに逓友会指定商を辞退、悪戦苦闘で文字通り苦難の境地に遭遇した。このころ世はあげて戦時一色となり、第二次世界大戦に突入、正常な営業は不可能となったので、軍需省関係の日本計器工業鰍設立、工場長として生産面に従事した。
戦後は、再び時計・貴金属商として卸売業を開始、昭和二十三年に現在地に移転し、次男越光滋氏が社内業務一切を担当している。
その間、日本時計貿易株式会社を設立、専務取締役に就任、また日本輸入時計卸商協同組合を設立、その初代理事長となり現在相談役に就任している。
一方、新設の新日本時計株式会社は、長男越光実氏を社長にして創立当初はコマ天府置き時計の製造を開始したが、現在はベンラス、イメージ、チトニーなど輸入時計各ブランドの輸入総発売元とし順調な業績を上げている。



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