 | 日本の伝統に息づく美と技
VOL.1 有田焼ダイヤルモデル ー 炎の技が生み出す柔和な曲線
歌舞伎と有田焼――。伝統を重んじる俳優と職人が「セイコー プレザージュ」を通して出会いました。さまざまな工芸の技を凝縮した腕時計の美しさに目を見張るのは松本幸四郎さん。伝統芸能の魅力を国内外に伝えようと力を尽くす歌舞伎俳優にとって、日本の美意識を世界に発信する時計づくりに共通する思いを感じ取ったようです。そんな松本さんが伝統工芸の匠たちと語り合うシリーズ。 その第1回は、磁器ならではの柔和な曲線を表現する有田焼ダイヤルのモデルから。
水面に揺らめく月の雅な美しさを文字盤に表現
松本幸四郎(以下、松本) 文字盤の白い色に透明感があって、艶(つや)やか。何とも優しい雰囲気の文字盤ですね。金属だと、ここまで柔和な表情を表現できなかったかもしれませんね。
橋口博之(以下、橋口) ええ、磁器である有田焼らしさを表現することができたと思っています。平安時代の貴族が月を直接見るのではなく、池に映して水面に揺らめく月を愛(め)でたという「水月」をイメージしています。
松本 ただ、一点物の美術品を創作するのとは違い、工業製品のパーツをつくるという点で、制約やご苦労もあったのではありませんか。
橋口 まさにその通りです。まず、土台となる素地を1,300度の高温で加熱し、釉薬(ゆうやく)をかけて約1,100度で再度焼き上げます。さらに針用の穴などを開けて仕上げ焼を施します。その度にサイズが微妙に収縮します。ところがダイヤルのサイズに合わせて10ミクロン単位の精度が求められます。しかも、大量に焼き上げなくてはなりません。私にとって初めての経験でしたし、試行錯誤の連続でした。
松本 単に美しさだけでなく、日常で使う工業製品としての基準も満たさなくてはならないわけですね。
橋口 耐久性についてもセイコー独自の厳しい基準をクリアする必要がありました。「きれいだけれど、少し使っただけで壊れてしまう」というのでは通用しないわけです。そこで佐賀県窯業技術センターの協力を得て高精度の鋳型を使い、磁器の素材も新たに開発しました。
職人として有田焼の伝統を守りながら、新しい可能性を模索する橋口さんの話に松本さんは静かに聞き入り、そして深くうなずきます。
伝統を守り伝えていくために、革新に挑戦する
松本 職人としての経験の積み重ねに加え、最先端の技術を取り入れていくことで高いハードルをクリアできたわけですね。私の父、松本白鸚も「歌舞伎俳優は職人だ」と申します。個性を前面に押し出す「アーティスト(芸術家)」ではなく、伝統を守りながら芸を後世に伝えていく「アルチザン(職人)」であるということ。ですから「勧進帳」の武蔵坊弁慶のような評価の定まった役を演じる時は、「自分なりの弁慶を演じよう」とは思いません。代々受け継がれてきた芸の魅力を、私の体を通してお伝えすることを心がけます。
橋口 私たちの仕事も似ています。陶土の粒子の大きさや水の混ぜ具合、その日の天候によっても仕上がりは微妙に異なってきます。普段の器づくりではそれが味になったりするわけですが、精密さが求められる文字盤でいかに「有田焼らしさ」を表現できるか。その点で、今回のプロジェクトが私たちの仕事の可能性を広げてくれたと思っています。
松本 今のお話に歌舞伎俳優として勇気づけられます。私も古典以外に、シェークスピアの演劇やチャップリンの映画に着想した新作も積極的に演じています。チームラボと組んでアメリカのラスベガスで公演したり、劇場を飛び出してスケートリンクを会場に新作を発表したりもしています。
橋口 日々、決められたことを淡々とこなしていくだけでは伝統工芸も伝統芸能も時代に取り残されてしまうのではないでしょうか。
松本 「それが歌舞伎なのか」とお叱りを受けることもありますが、新しいことに挑戦することで、歌舞伎のエンターテインメントとしての可能性を少しでも広げられたらと模索しています。伝統を守っていくためには常に革新が求められるわけですね。本当に古くて良いものは、実は新しい。今、手にしている有田焼ダイヤルのプレザージュがそのことを教えてくれているような気がいたします。
「どこからが、そしてどこまでが歌舞伎なのか。歌舞伎という伝統芸能を守り伝えていくために生活の変化に合わせて新しいことに勇気をもって挑戦していく必要があると思っています」と松本さんは続け、「伝統と革新は永遠のテーマ。自分たちも全く同じ思いで仕事をしています」と橋口さんはうなずきました。 https://www.seikowatches.com/jp-ja/products/presage/presage_yomiuri_vol1 |
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