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天智天皇の御代、六月十日に水時計を作ったことを記念して「時の記念日」
「六月十日」時の記念日と宣伝活動

《大正九年》 天智天皇の御代、六月十日に水時計を作ったことを記念して「時の記念日」と制定した。以来日本では時の記念日活動を起こしたのは大正九年、当時の伊藤博文公が、西欧文化の進展に伴って日本国民の生活改善を計り進めることが始まりであったという。
大正十三年五月、神田・一橋会館で社団法人中央生活改善同盟会が主催する「時の記念日事業活動に関する打ち合わせ会」が開かれた。会議には、社会的にも著名な吉屋のぶ子氏はじめ十二,十三名が集まり、協議の結果、六月十日の時の記念日に街頭宣伝事業を敢行することを決め、ビラ三十万枚を東京全市に配布することに決めた。
当時は、日本橋、京橋、神田地区の業者で「東京時計商工組合(日京組合)」と「山の手八組合連合会」の二つの団体が存在した。当時、組合の代表として大勝堂の槙野さん、伊勢伊の秦さん、錦綾堂の大西さん、紺野時計店・紺野さん、富士屋時計店・近藤さん、京橋の森川時計店、八丁堀の川名さん、銀座の石井さんらが結束して、ビラ巻きに努め、大成功をおさめた記録がある。
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大正五年、東京製作所が生まれて電気時計の製作を開始
大正九年、吉田時計店が東洋時計製作所を興し置時計の製造を開始

《大正五年》 大正五年東京製作所が生まれて電気時計の製作を開始、大正七年隆工社がマルテー置時計を発売、同年尚工社が時計研究所を設立、大正九年吉田時計店が東洋時計製作所を興し置き時計の製作を開始している。
更に、十年雄工社が、同年八月東京時計製造鰍ェ五十万円を投じて目黒に工場を建設、十四年には鶴巻時計店経営の英工社、十五年には村松時計店が池袋に工場を建てた。

関東大震災の時計業界

大正十二年九月一日午前十一時五十八分、突如襲った関東地方の大地震。関東地区のほとんどの地域が壊滅状態。だがその復興は以外にも早かった。震災の被害で立ち往生をしていた市中の焼け跡は三日も過ぎた頃から立ち退き先の立て札が立ち始め、焼け跡へ復帰するバラック建ての工事が始まった。十一月には、銀座の服部時計店と上野・池の端の吉田時計店が仮営業所を開設、翌年の春には、池之端の加賀谷時計商会、広小路の鶴巻時計店、浅草の見沢万吉商店、浅草橋の今津時計店、日本橋の大西時計店などの卸商達が商売を始め、他業界に比べて明るさを見せた業界であった。   
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時計組合の設立は明治十年、横浜の居留地に出入りしていた業者が作った
東京時計商工業組合

《明治十年》  日本において時計商組合が設立されたのは明治十年、横浜の居留地に出入りしていた業者が作ったのが始まり。このころから毎月定期的に開催していた「開時会」は、明治二十三年九月に創立されている。初代の組合長は、八官町の小林伝次郎氏で、二代目は新居氏、三代目として服部金太郎氏が引き継いだ。
このころの東京地区の組合活動は、日本橋・京橋・神田の百名前後の業者と山の手八地区を含め設立した山の手組合は四百名程度であった。大正十四年頃、「関税問題」が浮上して服部金太郎氏は役員を辞退したが、大正十二年大震災が起き、大同団結が叫ばれるようになった。大正十四年ついに合同総会「東京時計商工業組合」が東京・日比谷の松本楼で開催、組合最初の創立時から三十年が経過していた。初代組合長は、神田の吉川仙太郎氏が就任した。その後昭和二年に銀座の平野峯三氏が二代目組合長に、正式組合として認可された。三代目は、上野の野村時計店の野村菊次郎氏が就任している。
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袋物、小間物も扱う業者を集めて明治十年に時計組合が作られた
組合創設の始まり

《明治十年》 時計だけを専門に使う業者が少なかったため袋物、小間物も扱う業者を集めて明治10年に時計組合が作られたのが初めてである。設立の最初は、51名のメンバーで立ち上げている。
時計組合が出来てからは、毎月2回の時計の交換市場が開かれた。その一つが日本橋西仲通りで開いていた「弘時会」、このほか神田明神境内で開いていた「開時会」の二つの市場があった。このころから商売人の種類には、市場取引を通じて売買するものと、商館からの仕入れ品に限り売買するものにと分かれていたようだ。
日本に初めて貿易商館が出来たのは文久2年、そのころ日本で時計を扱った最古の商館ファーブル・ブラント商会をはじめ、コロン商会も開館している。また慶応3年に横浜町通りに時計台が建設されている。
関西方面における時計製造初期を記録した大阪時計製造会社は、明治22年12月、当時の大阪時計業者21名が20万円の出資金を集めて設立したもの。同社は大阪市の桃谷に時計工場を設け、高木市兵衛氏によって発足した。同社が製造した時計は、当時の明治大帝に献上した記録がある。大阪時計製造会社は社長に土生正泰氏を就任させ、従業員35名で、掛け時計の製造を開始した。
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盗難品の行方を追う警視庁から時計組合の創立を呼びかけられた
横浜居留地時代の素描

《明治初期》 池内氏が取引書の古事記に綴られていたものによると、明治初期の横浜居留地の商館時代の素描は次のようなものである。
日本の港が外国人に開港するようになってからの国内取引の貿易は急進展を見ている。明治元年の頃、横浜港の居留地には早くも外国商館が立ち並んでいた。その数、およそ十余軒に及んでおり、これらの商館を通じて時計、宝石などの商品取引が活発化されていた。
輸入懐中時計も鍵巻きの時代から竜頭巻き式のものに改められてきた。明治初期の時計商は、時計だけでなく商館が扱っている袋物、小間物類に至るまで扱っている。そんな中、時計に対する需要が高まってきた中、当時盗難品の行方を追う警視庁関係から組合の創立を呼びかけられてきた。
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日本における時計業としての草分けは、江戸時代
明治初期の時計業と組合発祥の由来

《江戸時代》 日本における時計業としての草分けは、江戸時代、東京・八官町の小林時計店の始祖・小林伝次郎氏が創生したとされている。享保二年小林伝次郎氏が創業した時計鍛冶屋が時計師の名を高め西欧との鎖国の夢を破り、江戸が東京に変わる頃、尺時計を製造して江戸文化に貢献していた。
明治3年以降、横浜港太田町4丁目に開業した立正堂時計店の若松治助に従事していた池内氏が明治⒑年に横浜港の戸長、島田豊寛氏という人から当時、「時計組合を作れ」という命を受け、設立したのが日本における時計組合のはじめであったという記録が残っている。
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時計の発祥は、2,600年前(西暦紀元前700年)、エジプトで発明された日時計
時計の創始時代

《西暦紀元前700年》 この間社会現象としては、昭和6年に勃発した満州事変から支那事変を経てついに第二次世界大戦という人類未曽有の悲惨な苦難時代に遭遇した。続いて大正・昭和にかけてのどん底景気時代から戦時中の七、七禁令や奢侈品などへの十割課税を一挙一割に引き下げる運動など、様々な情報が記載されている。当紙の発刊から40年という記念するべき年に、筆者が体験した諸般の記録や資料に基づき三世代にわたっての業界歴史の収集に努めたものこの時から。
時計の発祥は、2,600年前(西暦紀元前700年)の頃、エジプトで発明された日時計が発祥とされている。以来幾星霜を経て西暦9世紀の半ば頃、イタリアのハシフック僧正が初めて歯車を利用して時計を作ったのが機械式時計の端諸を開いたもので、今より約400年前の十六世紀、懐中時計が開発され、以来進化して今日のような実用的な時計に至っていると伝えられている。
わが国では、38代天智天皇の御代、紀元1321年6月10日、水時計が作られたのが始まりで、機械式時計が輸入されたのは、室町時代の末期か徳川時代の初期と言われている。その頃の懐中時計は鍵巻きで、高貴な方しか所有出来なかったもので、一般的には知られていなかった。明治13、14年頃から竜頭巻きに改良されたのが古代史に残っている。
時計王国スイスの時計産業について調べてみると、十六世紀の頃、ヨーロッパ全土で起こった宗教革命の時代に、フランス革命がイギリスに伝わったことから、農業国のスイスに産業革命が及んでいる。雪に閉ざされた期間、生計のために金属家内工業に慣れていたスイスの機械製造業者が、手細工による時計作りが始まったという。その起源は、ル・ロックル生まれのスイス人・ダニエルという人が渡米し、歯車によるボンボン時計を作る機械を持ち帰った時から始まったといわれている。
しかし最初は、叩き鍛冶屋の方式で掛け時計を作ったものであると説明されている。
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明治26年ごろ創立した「日本金工協会」が貴金属組合の草分け的な存在だった
毎月開催していた作品の展覧会や競技会には、天皇陛下の臨席も

《大正三年》 貴金属品とは、金、銀、プラチナ等の素材をもって製作した美術、工芸装飾品を総称したものを指す。その業界団体の創生は、明治時代に遡り、明治26年ごろ創立した「日本金工協会」が貴金属組合の草分け的な存在だったようだ。
当時のこの協会のメンバーには次の諸氏の名があげられている。
▽美術工芸家=海野勝a、豊川光長、塚田秀鏡、船越春a、平田宗幸、黒川義勝、桂光春、香取秀真、平山寛亭。
販売業者としてのメンバーでは、小林時計店、服部時計店、天賞堂、玉宝堂、大西白牡丹、村松本店、玉屋などがあり、会長には金子賢太郎画伯、副会長には美術学校長の正木直彦氏を推し、名誉会長として宮内次官の宮中顧問と財界から三井家の人々を挙げている点からしても、貴金属そのものが高貴な方々の特殊な愛好品であったことが想像できる。
このような関係で「金工協会」として毎月上野で開催していた作品の展覧会や競技会などには、天皇陛下の臨席があったという。

大正三年九月十三日、「東京貴金属品製造同業組合」が設立された
初代の組合長は山崎亀吉氏が大正14年まで就任

《大正三年》 そうこうするうちに中世の進運に伴って有志らが企画して大正三年九月十三日、「東京貴金属品製造同業組合」が設立された。初代の組合長は山崎亀吉氏が大正14年まで、二代目は、細沼浅四朗氏、三代目は久米武夫氏が就任、戦争によりその姿は変えている。
この組合の規約が他の組合のものと異なっているところがあるので参考の為抜粋して置く。
「東京貴金属品製造同業組合」、事務所は、東京市芝区新橋五丁目二番地、設立認可は、大正三年九月十四日、地区は東京一円。
△組合員資格=貴金属製美術並びに美術工芸装飾品(盃、花瓶、茶器、置物類)並びに貴金属製携帯装身具(平指輪、帯締め類等)、金属製、賞牌、微章を製作し、卸販売するもの。
但し、貴金属とは、金、銀、プラチナ又は、合成金にして付則第五条に定める金質を有するもの(規約百五条)。組合員が製造する貴金属製品には、金質が表示刻印を為すべきものとする。白金質には、合性金なく総て純金を定めて、合性金の二十四分の六以上、即ち六金性を最下限度とする銀製品は、比例一千を以って純金と定め、合銀千分の五百以上、即ち五百銀性を最下限とする。
▽組合員=六十七名。賦課金=月額五円、三円、二円。
▽役員=組長久米武夫、副組長=松山繁三郎、溝口万吉、△名誉顧問=伊沢栄太郎、細沼浅四郎、山崎亀吉、△参与=池田嘉吉、田中一郎、高木新次郎、野村菊次郎、黒川義勝、松村伊助、宮本庄吉、釣木喜兵衛、△評議員=加藤清十郎、梶田久次郎、巽重雄、谷田賀良俱、中村善太郎、越村暁久、後藤清貞、喜多村保太郎、三輪豊照、水野伊三郎、森岩吉、世木延七。
同組合の事業としては、設立早くも産業組合を設けて大蔵省に陳情、米貨の払下げを受けて地金商と業者間の地金配給上の円滑化を計った。これら自治統制行った嚆矢といえるようだ。大正十五、細沼組長時代に、金位検定の保存に努め、昭和四年に造幣局に移管した。引続き昭和十四年まで銀地金の配給事業を行った。
なおこの組合は、昭和十五年、東京貴金属工芸品卸商業組合に改称、中村善太郎氏が初代理事長事長に就任したが、都合で解任、松山緊三郎氏に代り、現在の東京貴金属装身具卸商業組合に改称されている。

昭和六、七年頃の貴金属業界は、東京の同業組合が何事も押しまくっていた
昭和初期時代の貴金属界と組合状況

《大正三年》 昭和の初期における貴金属業界の動きは、時計界の激しい動きとは対照的なものがうかがわれている。現今では、貴金属卸組合にメーカー側の「工芸品協同組合」等が分散、それぞれが独立している。昭和六、七年頃の貴金属業界は、東京の同業組合が一本で何事も押しまくっていたものである。
貴金属業界の動きをひも解くと、その昔は明治二十六年に創立された「日本金工協会」に淵源するものである。従って、大正三年九月十四日に東京一円の同業者を包含して設立した「東京貴金属品製造同組合」には、海野勝a、黒川義勝、平山寛亭等の彫金界の大家がいたもので、服部時計店、小林時計店、村松本店、天賞堂、玉宝堂、玉屋等が販売店側として加わっていたが、組合の本隨は、この彫金界の人達が勢力を持っていた。
私が新聞を創刊した頃もこの海野さんのお宅(日暮里)に何度か伺ったことがある。その組合の事務所は、その後、東京・芝区新橋五丁目二番地に移して大室乙弥という官僚上りの人が書記長を務めていた。頭固なおやじだったが、その人が明冶時代の頗る古い型の人であって、組合事務所一切を処理していたので宛ら事務所関係では事実上の支配役にあったというほどである。
人呼んで大宗のガリガリおやじと称したものだ。その大室さんも黒川義勝氏には押えられたというから、それほど黒川氏の組合内の勢力は強かったようである。組長は大正三年の創立以来十四年まで就任されていた山崎亀吉氏で貴族院議員になってから、細沼浅四郎氏にバトン渡し、顧問となった。
細沼さんという人は、典型的な紳士タイプの人であった。神田・末広町に細沼貴金属工業をおいて、毎朝の出勤時には、山高帽にモーニングを常に着用していた。大正十五年に金位検定所を設立したのは、山崎亀吉さんの力によっているが、矢張り組長だった細沼浅次郎氏の力量によるものだといえる。



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