| HOME|管理|一覧 |
▼コスモ ループ代表 林田信久のコラム
|
|||
売り方の技術を鍛える いつも頭の体操を 今ここにワンロット10本で10,000円のアコヤ7,5ミリのパールネックレスチョーカーがある。一本単価1,000円、価格から見て、粗悪品の類である。 この商品を一本10,000円以上で売り切って利益を出す。こういう課題が与えられたら、皆さんのお店ではどのように対処するだろうか。 まずは価格訴求である。 一例だが、25,000円の定価を付けておいて、半額の12,500円で売る。そのさい通りからも目立つ限定10本、半額!のPOPも付けてみる。展示方法も工夫してたとえばパールの下に引く布地の素材や色にもこだわってお客さんの反応を試して見る。玉の肌荒れや変形部分をあえて強調して、自然のままの風合いとして打ち出してみてもいい。 接客も積極的に取り組んでみよう。来店されたお客さんには、ダメモトでまずは薦めてみる。事前にきちんとセールストークを考えてお店全体で意思統一しておく。『カジュアルパールとしていかがですか』『セカンドパールとしてどうでしょうか』パールネックレス2本で、一本のロングネックレスに加工して、30,000円均一5本限りという売り方はどうだろうか。タウン誌に小さな広告を出したらお客さんの範囲はぐっと広がるから、コストとの兼ね合、 いだが、いい結果につながるかもしれない。技術があるなら、デジカメを使ってミニDMをつくるのも面白い。 我々が宝飾品を売るに際しては、商品自体の価値に頼りがちである。アメジストのこの深い紫はあまり手に入りませんよ、このダイヤはハートキューの最高のカットですから、プラチナを使った丁寧な作りのリングだからいずれ売れるよなどなど日常的である。しかしそうであるからこそ売るという技術が甘くなると言う事が反面としてある。冒頭の課題はそういう商品価値に頼らずに、売るという技術自体を鍛える頭の訓練である。 どの小売店も長年培った信用がある。 価値ある良い商品をえらんでお客さんに提供するのが商売というもの。二束三文のものを売る技術などとんでもないという考えはあろうが、そうではない。例えば不良在庫、滞留在庫をすこしでも利益を乗せて売るにはやはり売る技術が大事なのである。 常日頃から売る技術を鍛えに鍛えてこそ、なんとかこの時代を乗り越えられるのではないか。老舗の名に頼り過ぎて消えていった会社があるように、商品の価値に頼り過ぎては先行きは危ういと思えるのだが。 現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 Cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
業者催事、業者チラシとどう取り組むか お客・業者・小売 皆がニコニコするように 売上の低迷が顕著な今、業者催事というのは『需要の喚起』という意味で 有力なツールではある。が小売店サイドからみてどのように考えて取り組めばよいのか考えた事を述べてみたい。 業者の催事というのは結局業者だけが儲かって小売店にはたいした利は無い。地道にやるか、自前の商品でセールを打つ方がずっといい。そう考えている小売店主も多いかと思うが、別の角度からみたプラス面に注目したらどうだろう。 業者催事のいいところは、品揃えが豊富なことで普段はなかなか見れない商品が展示されたり、ベーシックなものでも数が多いのでお客さんには選ぶ楽しみがグンと増す。だからまず業者催事は、お客さんが喜んでくれる。 次に喜ぶのは、まさに業者。売れれば売れるほど業者は儲かるわけで当然の事である。がそれだけでなく少しでも業者に儲かってもらいたい、喜んでもらいたい、そういうスタンスで臨むのがいいので、回り回ってより良い商品、より良い情報が入ってくる ものである。 では小売店はどうだろう。チラシ代金やらディスプレーレンタル代やら、普段以上の人件費の出費やら諸々の経費と販売商品の仕入れ代金を合算して催事売上金と差し引きしたら、手放しでは喜べないかもしれない。 ではどこにプラスを求めるかといえば、ひとつは地域市場のなかでの自店の存在感を高めることができるということである。自店の顧客という限られた枠をこえて地域に『やる気のある店』『活性化しようとしている店』『あたらしい企画に取り組んでいる店』などいい意味のメッセージが伝わるのである。それは新規の顧客を増やす良い機会になる。 では催事企画ならなんでもいいかというと違う。自分の店を今後どうしたいか。例えばダイヤ部門で地域一番店を目指すならダイヤをメインにした催事を。パールを強化していきたいならパールの催事をというように、店の方向性に沿った形で催事を利用していけば、お客さんへの店のイメージが明確に伝わり有形無形のプラスがもたらされるのではないかと思う。 だからまずは店の方針を明確にすることが第一で、そこからすべてが位置 付けられてくると、催事の有効利用ができるようになる。こういう考えのもとでは、お客さん、業者、小売店がみなウィンウィンの関係になるのだが、小売りが目先の利益にこだわりすぎると、得られる果実は少ないのである。 現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 cosmoluup.22k@nifty.com |
|
|||
消費者が今感じていることはなに? 一月二月の宝飾品売上の落ち込みは顕著であった。当初これは自分の店のみの事かと思ったが,御徒町を歩いてみたり、問屋筋の話しを聞いてみたりすると全般的な傾向のようである。その訳を売る側からではなく、買う側の心理の変化という視点から見て見たい。 ひとつは「寒さ」である。首都圏の話ではあるが、ようやくこの頃になって「梅」が咲いたということを聞くが、本当に寒い冬であった。ダウンジャケットを手放せないようでは、宝飾品を身に付けて着飾るという気持ちにはならないであろう。消費者にとって暖房衣料がまずは第一優先で、宝飾品の購入順位はかなり下の方になってしまう。 もう一つは、震災後遺症とでも言うべきなのか、東京を中心に震度7クラスの直下型地震の発生確率が直近高まったという内容が大きく報道されたことである。このことはとりわけ女性の不安心理をいわば直撃して、防災用品の売上を伸ばすと同時に益々宝飾品にたいする購買意欲を削ぐ作用をしたと思われる。この二つつのマイナスの心理の相乗効果が、今年に入ってからの宝飾品の売上減につながっているとおもわれる。例えてみれば黒潮の蛇行が変わってさっぱり魚が獲れなくなって困っている漁師のような立場だろうか。 それでは小売店はどうしたらいいだろうか。寒さは和らいでいくだろうが、地震への不安心理は、マスメディアの影響もあってしばらく続くだろう。 ひっこんでしまった宝飾品への購買意欲をどうかきたてていくか。 [需要の喚起]がとても大切な状況のように思われる。[需要の喚起]というと二割引,三割引といった割引一本槍になりがちである。がそれではすぐ飽きられてしまう。消費者心理の方程式はそう簡単には解けない。不安感が強いなら、気持を落ち着かせる宝飾商品はないか、商品開発までしなくとも今ある在庫を上手に使って打ち出せないか、POPに一工夫してみてはどうか。「この際消費」というのはどうだろう、お客さんの側にお金がないわけではないから、[この際買っておいてもいいか]とおもわせるDM、チラシなら効果があるかもしれない。お客さんの心は固い、こちらの頭も固いでは、状況は打開できないだろう。 現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 microloop.22k@nifty.com |
|
|||
『成長』という言葉の反対語は? 『成長』という言葉には明るい心地の良さがある。子供の成長、会社の成長、経済の成長、将来の展望が開け、いずれ得られる果実には夢がある。 成長はわかり易い。数字で表すことが出来る。「うちの息子、ひと夏で5センチも背が伸びたよ」「当社の今期売上げは昨年比20%アップです」「わが国の外貨準備高はついに50兆円を突破しました」。 数字が仕事の中心を占めるようになると、目標も立てやすくなるし、業績の対比も明瞭で、すべからく管理するほうも管理されるほうもあるいみ楽である。 だから『成長』というものの考え方は、誰にでも理解され国民の心の奥深いところまで浸透してきたのだと思う。そうして日本という国は、戦後しゃにむに頑張ってきた。大企業も中小企業も個人商店も、そこで働く人々も皆「成長」の果実を得ることが出来た。バブル崩壊後の低成長時代にあっても、いや昨年の大震災による原発事故後にあってさえ、日本経済を成長させるにはどうすべきかという論議は当たり前のようになされている。 然しこの国の経済の足元を冷静に見つめれば、石油の自給率であれ、原発のリスクであれ、いかに脆弱な基盤の上に「成長」が進められてきたかは、一目でわかる。 またこれからの人口減少、超高齢化社会の到来も視野に入れれば、闇雲に「成長」というわけにいかないであろう。 一端「成長」というものの考え方を脇において、別の行動規範になる言葉はないだろうか。「成長」ばかり考えてきたので、その反対語というと「停滞」「衰退」という言葉しか思い浮かばないが、それでは明日にも沈没しそうである。 「成熟」という言葉、考え方は正解だと思うが、解りやすくはない。「成熟」を数字で示す事は難しいし、例えば企業の目標設定としてもやりにくいだろう。しかし「成熟」を「身の丈にあった生活」「身の丈にあった経営」と解釈すると、前へ前への力みが消えて、自分のあり様が良く見えてくるのではないだろうか。 この国のあり方など、大きな話をしたわけでない。中小零細な企業、商店の生き残りの方策について思うところを書いてみたのである。 現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 microloop.22k@nifty.com |
|
|||
輸入時計「不親切ランキング」を作ろう 名の通ったブランドウオッチであれ、スイス時計であれ、総じて輸入時計というもののサービスの在り方には、首をひねることが多い。 先日もスポーツウオッチとして有名なT・Hのバンドの駒詰めをお客さんから頼まれたのだが、一目見るとCリング形式のたたき出しだろうと思われた。試しにたたいてみるとピンが堅くて抜けてこない。このまま強くたたいていいものかどうか、とりあえずT・Hのサービスセンターに時計の品番を告げたところ、修理はT・Hの特約店にもって行って欲しいの一点張りで、まさに門前払いであった。 なぜこんな対応になるのだろうか。代用のきかない専用の工具が必要ならそういえばいいことだし、そうでないなら教えたところで誰か損でもするのだろうか。T・Hの特約店が全国どの都市にもあるならともかく。われわれ時計小売店がそうするのは、あくまでもお客さんの便利を考えてであって、貰ったところで1,000円程度の仕事である。別段やりたいわけではない。しかし商売と言うのは、損得を超えて困っているんだったら助けて上げましょうという一面があると思うから手がけているのである。そうしたからといって特約店の収益に影響が出るとは思えない。 重箱の隅をつつくような話を承知の上で取り上げたのは、似たような経験を一般の小売店は大抵していて、本当に困ってしまったこともあるだろうと思うと同時に誰かが事態の改善に乗り出している話も聞かないからである。 皮バンド一本取り寄せるにしても、口銭はゼロは良い方で、販売しない、 センターへ送れなどの注文が付く。こういう不条理なことがまかり通っていても、例えばJOW JAPANが何かを申し入れたと言うことも聞かない。結局輸入時計商社側の言い分のままである。このままなら今年も来年も再来年も。 輸入時計商社側は、一般小売店についてというよりも、その先にいる消費者について、どのように考えているのだろうか。我々の商品は,街の時計店になど持ち込まれては困る、そう考えているのだろうか。またそうならば何故持ち込まれては困るのだろうか。ぜひその辺について修理哲学をお聞かせ願いたい。 輸入時計の中にだって、日本のメーカーと同じように対応するブランドもある。ここは一つ小売店から見た「不親切ランキング」を作って見たらどうだろう。買っては見たけれどこの時計、修理が本当に不便なんてことにならないように情報公開すれば、消費者利益にかなうこと請け合いである。 現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 輸入時計のサービス、ケアのあり方について、また実際に困ったことなどのご意見・経験談などを聞かせて下さい。 microloop.22k@nifty.com |
|
|||
消費者本位ということの厳しさ 今年も元旦からの営業である。「うちは年中無休だから」というと「でも正月くらい休むんでしょう」という返事が返ってくることが多い。 勿論一日の例外もなく無休である。エンドレス営業でもう10年以上続いている。営業時間もAM10:00〜PM9:00だから、経営環境としては楽ではない。日本全国ショッピングセンターといわれるものは、大概似たり寄ったりの状態だろう。 大店法(改悪?)の改正、廃止の流れの中で生まれた小売業界の現在のあり様が意味するものは、規制の撤廃がいかに厳しい競争をもたらすかということとともに、厳しい競争を勝ち抜くには、ただ規模が大きかったり、歴史や伝統という付加価値が必要なのではなくて、「消費者本位」に徹する以外にないということである。 「消費者本位」というのは奇麗事の建前ではない。元旦も営業して欲しいと消費者が望めば、自分の側でやりたくなくてもそうせざるを得ないし、少なくとも夜9時までの営業についても同様のことである。そうまでしなければならないかという自問自答はある。休日と営業時間を自ら決定できないのがSC内テナントのルールである以上、半ば強制的に現状に適用するしかない。それもゆっくり時間をかけてというわけではない。 経験で言えば、私の店にあるSCの休日がゼロになったのは、本部からのFAX一枚である。「当該SCの休業日は、年間を通してなくなりました。各テナントの皆様にはご協力のほどよろしくお願い申し上げます」。否応ナシである。次の日から年中無休の日々が始まったのである。 従業員の勤務ローテーションの変更一つとっても、すんなりと行くものではない。パートさんが主力であればなおさらである。すったもんだの末に、結局自分の休みを削減せざるを得なくなる。事前に相談があって、話し合いの結果物事が進行するのではなく、結論がまず出て、各自それに対処するのである。 やり方に是非はあるだろうが、そのトップダウンのスピード感ある決断実行についてきたからこそ、何とか私のSCも私の店も生き残ってきたのかもしれない。 休業日や営業時間だけが「消費者本位」の全てではないけれども、消費者が望む変化についていくという事は、往々にして我が身を削ることと表裏の関係にある。その努力を惜しむ、あるいは方向違いの努力では、結局生き残れないのではないか。 中小零細の小売店やその集まりである商店街が、活力を失い衰退してしまい、なお衰退進行形なのは、不平、不満、障害は山ほどあろうとも「消費者本位」の物差しで見てやらねばならない事は、どんなことをしても実行していくという「強制力」に欠けるところがあることも一因であろう。 望んでいるわけでもない元旦営業をしながら、思い感じたことを書いてみた次第である。 現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
知らないうちに「希望の灯」になる 新年明けましておめでとうございます。 昨年はこの国がゆれた一年でした。直接的な地の揺れはもとよりですが、安全とか安心とかの基盤になっている考え方自体が揺らいだように思われます。それまでは政府というものは、いくらかの手抜かりはあったとしても根っこのところで信頼に足るものだという風に信じてきましたが、そうではなくてかなりいい加減というか、平時なれというか、そういうことが明らかになってしまった訳で、その事は全く残念なことです。ただ人心も少し筒、安定を取り戻しつつあり、年明けという伏目を切っ掛けに陰の極から反転し、万事に陽の勢いが生まれることを願わずにはいられません。 最近「貴方は誰かの希望です」というコピーを眼にしましたが、とても印象に残っています。{宗教団体のこう国の一部ですが、私はその団体とは無関係です。念の為}。 売上げの低迷やら、借金苦やらでつい考え込んでしまうことは日常茶飯です。それでも、店を開け一日一日が場って仕事をしていること、それだけで多分同様の悩みを抱えている人から見ルト、くじけそうになる気持ちの踏ん張りになっていることがありますよ、そういう意味合いだろうと理解しましたが、自分自身を外側から見てみると、案外愁眉を開くことがあるかもしれません。 ボランティアに精を出したり、義援金を送ったりするわけでもないけれど、普通に真面目に商売に励むことが、誰かの希望になっているとしたら、それはそれでとてもいいことだと思います。 「生き残ろうとする灯」それが気づかないうちに「希望の灯」になっているということでしょうか。 一年が始まります。ジュエリー業界も時計業界も、その展望は不透明ですが、社会に向けて少しでも明るい話題がこの業界から発信され、業界全体が潤うことを願って、年頭の挨拶とさせていただきます。 (現場の目線で考えるコスモループ代表 林田信久 cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
日々雑感 店じまいという選択肢 ギリシャ危機が飛び火してイタリア、スペインの国債の利回りが上昇している。欧州は今、てんやわんやの大騒ぎだが、対岸の火事で高みの見物とはこの国もいかないだろう。 実際の話、日本国債が暴落したらどんなことが起こるのだろうか。新聞記事の拾い読み程度をベースにした仮定話だが、考えてみたい。 GDP比200%という先進国最悪の国債残高があるにもかかわらず、国債価格が低位安定しているのは、その大半を国内金融機関で消化しているからであるとはよく言われる事である。日本国債のこの強みが暴落の場合逆目に出て、国内金融機関は多額の損失を被る。貸しはがし、貸し渋りはもとより 経営自体が怪しくなり、一部では取り付け騒ぎも起きる。預金は1千万円までしか保護されないから、国債価格が 下がり始めると、預金の流失が起こる。 金融機関の経営悪化に伴う融資減は、企業倒産を生み、その流れは止まらなくなる。国内の金融機関による国債の消化が難しくなると、益々国債の価格は下がる。外国為替相場では円が売られる。円安は、輸出産業にプラスに働くが程度を超えた円安は、石油、天然ガスといったエネルギー原料の価格高騰をもたらし、この点からも企業収益が圧迫され、失業、倒産が増加する。物価の高騰が年金生活者をはじめ一般人の生活を直撃する。公共事業による景気浮揚策も制限される。 現在のギリシャ、イタリア、スペインを見れば分かるように、市場は政府に容赦なく厳しい財政再建策を強要する。年金の減額、医療費の自己負担分の増加、増税、公務員の削減、公共サービスの低下などなど。もしも歳入に見合った歳出を否応なくなく強制されれば、どれほどの負担を国民が負うか見当が付かない。消費税30%も現実となってくる。 この国では、1,000兆円にも上る国債残高がありながら、なお年々40〜50兆円の国債を発行し続けている。単純に計算しても10年後には、1,500兆円になる。今のままなら今後10年の間のどこかで、日本経済には極端なことが起きるかも知れない。いやもう目の前に来ている、と民主党税制調査会会長の藤井裕久氏は最近の講演で指摘したが、さてどうだろうか。 家族を守り、自らを守るためにそろそろ「店じまい」の準備をするのも賢明かもしれないが、いやいや商売を続けて、少しでも日銭が入った方がベターなのかも知れない。世界経済の動きなど零細商店には無縁と思っていたが、どうやらそうもいかなくなってきたこの頃である。(現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
基本ということ 今年の日本シリーズは、セ、リーグの覇者とパ、リーグの覇者の決戦となった。日本一を賭けるにふさわしい組み合わせで、好勝負が期待できそうだ。落合野球に声援を送ってきた我が身としては、監督に有終の美を飾ってもらいたいのだが、勝利の女神は、どちらに味方するのだろうか。 私自身、長年のプロ野球ファンで、ひいきチームの勝ち負けだけでなく、野球を巡るエピソードにも随分と関心をそそられてきた。面白いだけでなく味わい深い話も数多くある。 二軍戦でのことである。イージーな外野フライをさばいてベンチへ戻ったところ、育成に熱心で知られる監督が、その選手を叱り飛ばした。「日頃から、フライの捕球のときは、必ず両手取りしろ。片手取りはするなと言ってるだろう。なぜ守らないんだ」。見過ごしても構わないようなワンプレーではあるが、そのときの監督の剣幕は、物凄いものがあったと書かれていた。 当の選手が監督の叱正をどう受け止めたか分からないが、これからは言われた通りにしよう程度の次元で理解したら、この選手は伸びない。外野フライを片手を添えて両手で取るという「基本」を、体の奥の奥まで染み込ませること、無意識でも自然と両手取りしてしまうまで体に覚えこませること。その為の訓練こそ二軍でやるべきことだからである。「基本」を身に着けるには、どれほどの反復練習が必要なのか、そういう問題意識を自らに課して取り組んでこそ一軍にいける権利を得られるのである。監督の剣幕を解釈すればこういう事になろうか。 今年のヤクルトと中日の最終盤の死闘を見ていると、ワンプレーワンプレーが勝負に直結するしびれる試合の連続であった。一つのミスが命取りになる緊張状態の中では、基本に忠実な安定感のあるプレーをする選手を監督が使うのは当然のことである。プロ野球で飯を食うとはそういうことであろう。 以前にも触れたが、「初歩」と「基本」は違う。「基本」は物事の核心とも言うべきものである。売り上げが低迷したら、展示であれ、接客であれ、販促であれ「基本」から考え直してみることだ。「基本」がしっかりしていれば、いずれ浮上していくのではなかろうか。 今日もまた私の仕事机の横でパートのお嬢さんが電池交換をしている。「そうじゃないでしょ、三つ折鎖バンドは、そのままで裏蓋を開けるのではなくて、ピンを外してから取り掛かるように言ったではないですか。簡単だからといって無精しちゃダメですよ」。 基本を身に付けるのは難しいが、基本の大切さを伝えるのはさらに難しい。 |
|
|||
変化する接客 今年初め国際宝飾展(IJT)の接客セミナー会場を覗いて見たらほぼ満席であった。接客力の向上は、売上げに大いに関係してくるだけに宝飾店にとっては、見逃せないテーマだったのだろう。 接客というのは、物ではなく人という最も難しいものを扱うだけに基本の徹底が何よりも要求される分野である。それだけではなく、接客のスタイルも少しづつだが確実に変わってきている。善し悪しは別としてではあるが。 我々が物を買ったりサービスを受けたりする際に対応される接客というものから最近はあまり不快感を受けなくなっている。コンビニであれ、スパーであれ電話口に出るコンピューター会社の対応であれ、また携帯電話会社の受付窓口の対応でも同様である。 無愛想の典型のようなJR東海道線の車掌(中高年男性が主だが)の対応も、一昔から様変わりしている。接客がマニュアル化され、徹底しているという見方も出来るが、それを可能にしているのはお客様アンケートに見られるチェック機能だろう。 モデルになる接客のスタイルがまずあって、そこから外れる部分を修正させるか、その人自身を接客業務から外すということで、同質の接客レベルを確保していると考えられる。 人に満足感、快感を与える事よりも不快感を与えない事に重きを置いているということであろう。 専門店であっても、一人一人の個性というものが出にくくなって、誰から買っても同じ笑顔、同じ挨拶、同じ角度のお辞儀と相対する事になる。善し悪しはともかく、こういう接客の流れの中で、中小零細な個人のお店はどう対応したらいいのだろう。 外部から接客トレーナーを呼んでの積極的な接客教育に継続的に取り組んでいるお店は例外にしても、大半の店は社会常識の範囲の対応なら良しとしているのが現状であろう。少人数の固定したメンバーのお店に、接客チェックを不用意に行なえば、人間関係までおかしくなってしまう。言葉足らずで無愛想で、加えて横柄、店主の接客対応こそ、まずは改善って十分ありえる話である。 生き残りをかけるなら、まずは自店の接客を見直し、挨拶など基本に立ち返ることだが、それと同時にかなわない部分はかなわないと認めて、その不利を埋め合わせる何かを見出していくことの方が生産的かもしれない。 商品の流行は変化し、人の生活スタイルも変化し、接客のあり方も変化していく。「新しい接客」と「古い接客」そういう観点からの状況の捉え方も、店のあり方を考えていく上では必要なことではあるまいか。 (現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
腕時計の磁気帯びについて、正確な解説文書を いま小売店では、磁気による影響で時計が狂うということについて、その対応に苦労している現状がある。水、湿気といった目に見えるものと違って、磁気による狂いというのは、お客さんに説明するのが難しい。磁気によるものか否かの見極めもまた難しい。同時に、メーカーによる磁気についての説明も通り一遍で、磁気製品を羅列して消費者に注意を促す程度にとどまっている。 この磁気と時計の関係について理解しておかなければならないことが数多くあるように思われるが、業者向きにきちんと書かれたものがない。小売店それぞれで、磁気の理解にバラツキがある事は好ましいことではなく、消費者に不信感を生むだろう。 いくつかの例をあげてみる。腕時計が磁気と接触すると、時計内部に磁気が残ることがある(残留磁気)。この残留磁気は、クオーツの場合そのままにしておいても、その後の時計の運針に影響が出ないと言う説明と時計に狂いが出るという説明を受けた。どちらもメーカー関係者、時計技術者の話である。どちらの説明が正しいのであろうか。もしも影響が出ないのなら、お客さんから磁気抜きのための修理を受ける必要はなく、時間だけ合わせてあげればよい事になる。 では残留磁気のある時計が、更に新たな磁気と接触すると増幅作用が働いて、余計に時計は狂いやすくなるだろうか、よく解らない。 セイコーやシチズンでは、磁気から時計を保護する耐磁機能をつけているが、仕組は裏蓋に薄い純鉄を張って、磁気をこの純鉄に逃がすとの事である。磁気をシャトアウトするのではなく、裏蓋の鉄板に逃がすと言うのは、その鉄板は磁気を帯びることになるのだろうか。すると耐磁機能の時計は、結果として残留磁気を溜め込むシステムだろうか。 私の店で依頼している時計修理担当者から、強い磁気によって回路が傷んだのでは、回路交換をしましたと言う報告を時々受ける。時計の回路というパーツは、磁気によって壊れるものだろうか。 磁気を帯びた時計の磁気抜きについても、分解掃除をしないと抜けないと言う説明もあれば、磁気抜きだけで可能という説明もある。 時計と磁気の関係は、理論的な問題だから簡単に答えは出るはずであるが、現状はそうなっていない。諸説あるのである。 是非JOW-JAPANには、メーカーの協力の下に磁気と時計の関係についての解りやすい業者向け解説文書を作ってもらいたい。 現場の目線で考える コスモループ代表 林田信久 COSMOLOOP.22k@nifty.com |
|
|||
私の店でこんな事があった。 春先に舶来の紳士物手巻き時計の分解修理を預かった。かなりの年代物だったが、特別問題もなく、通常の分解修理で対応してお客さんに渡したのだが、夏場になってガラスが曇る、遅れるという苦情がきた。時計内部の乾燥と時間調整をして使ってもらう事にしたが、その後も状態の改善が見られないということで、再三の預かりの後料金の全額返金ということで落着した。 このような例はまれなので、問題視するほどのことではないのだが、ただこの事例には、現状の「時計修理」というものをかんがえさせるいくつかの要点というものがあるように思える。 その一つは、時計修理を受けるときにお客さんに伝えなくてはならないリスク情報があるということである。今回の件でいえば、「古い時計はケース自体の傷みが進んでいるから、夏場の使用は無理かも知れませんよ」。「機械の劣化状態によっては、時間調整に限界があるかも知れませんよ」、「2,3年たったらまた同じ位の費用がかかる修理が必要になるかも知れませんよ」といった事である。 これらのリスク情報をきちんと伝えていれば、苦情は防げたであろうという意味で反省点の一つではある。 一方で、リスク情報を強調してしまうと修理を取りやめる場合が多くなり、商売としては誠実だが収益源に繋がる。それでも小売店は修理だけが売上げの全てではないが、実際に仕事を手がける時計職人なり修理会社にとっては、そう簡単に割り切れる話ではあるまい。修理の完成後に、たとえば非防水時計として使用して欲しい等のコメントはつけるだろうが、修理前にそういう制約があるが修理しますかという事は、なかなかいい辛いのではないだろうか。そこに苦情の種があるにしてもである。 今ひとつ指摘しておきたいのは、個人で修理を請け負っている人を除いて、メーカーの修理センターも修理会社も、小売店の引き受け手である私と修理を実際に行なった職人さんと直接話が出来ないようになっているという現実がある。だから今回のように再三の再修理にもかかわらず、相手方の窓口対応の人との間接話法になってしまって、この時計の実際がどうでどう直したかが、今ひとつはっきりしない。すると対お客さん説明も当然、曖昧になるわけで、結果として不信感だけが膨らんでいってしまう事になる。 時計の修理というのは難しい。それは、技術のレベル云々というよりもお客さんにとって「時計が直った」ということと、技術者がいう「時計を直した」ということの間に埋まるようで埋まらない溝があって、それは多分に引き受ける側の利害が絡むからだろうと思われる。 今回の事例を基に、改めて時計の修理を引き受けることについて、少し考えてみた次第である。 (現場の目線で考える コスモループ代表 林田信之 cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
8月後半から金相場が高騰し、それに伴って銀座タナカへ金の売却に殺到する人たちの行列がTVで放映されてから、まさに買取り狂騒曲ともいうべき事態が全国で始まった。一時は御徒町の最終買取り会社が、あまりの買取り貴金属の多さに資金不足に陥り、店を閉めるという異常なことが起きたのである。 金価格の上昇は、世界経済の通貨不信、とりわけドルへの不信に根ざし簡単には解消されないという解説記事を読むと、当面は現状のような貴金属売却の流れは続くかもしれない。 買取り依頼のお客さんを観察していると、今売らなければといった切羽詰まった感じ、熱に浮かされたような感じ、浮き足立った感じがみて取れる。TVを含めたマスメディアの影響力のすごさであろう。またジュエリーは、女性客が主なので、女性特有の心理も、この騒動を増幅させているのかも知れない。冷静に現在の円高を見れば、買うという逆方向の投資活動も有り得ると思うが、そういうお客さんは皆無に近い。 お客さんが熱に浮かされたような状態で思い出すのは、カシオのGショック・フィーバーで、この時も店頭に朝から行列が出来、商品の奪い合いが起きたのである。入荷したGショックが、瞬間蒸発のごとく売れていったが、商品機能を丁寧に説明するなどの接客は全く不要な状態で、それはそれで異常な状態であった。程なくブームが去ると、商品の動きはピタリと止まり、売り場は在庫の山になった。このような異常な流れには、必ず異常な反動があるというのがその時の教訓であった。 今回の買取りフィーバーを「千載一遇」のチャンスと捉えて、小売店が積極的に関与していくのは、個々の経営判断の問題だが、例えばダイヤモンドのL,D,H(レザードリルホール)処理など、落とし穴は幾らでもある。またこういうときは、自店の客層とは別の様々な人たちが集まってくるわけで、対応を慎重にしないと思わぬトラブルに巻き込まれないとも限らない。 が最も気をつけなければならないのは、リング一つ、ネックレス一本をきちんと売っていくという日々の当たり前の仕事が雑にならないように心がけることだろう。展示方法、プライス設定、接客などなど今ジュエリーを売っていくのは、大変な工夫がいる。がその工夫こそが、宝飾店の基本力を高めていく事は間違いない。 買取りの狂騒がさめてみたら、自店の売り場が荒れて販売力を失っていたというのが、恐らく最悪な落とし穴だろう・・・。 (現場の目線で考える:コスモグループ代表 林田信久) cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
再考 御徒町にジュエリー神社を 我が宝飾業界というのは、不祥事の種が沢山ころがっている。放っておくと種は目を出し、芽は成長してついには花が咲いてしまう。 昨年のダイヤモンドカラーグレーディングのかさ上げ問題は、その典型で、結局その後始末に多くのエネルギーが費やされ、業界全体がイメージダウンからの回復という守りのスタンスを強いられてきた。だが業界が浮揚していくには、やはり明るい話題作りで攻めの情報発信をしないと消費者に振り向いてもらえないだろう。 私の年初の挨拶の中で、「御徒町にジュエリー神社を」作ってみたらどうかと提案したが、改めて考えてみたい。 この業界には、胸というか中心がない。御徒町が宝飾の街というのは、ある程度認知されているのだから、この街の一角にジュエリー神社を作れば、ジュエリータウンとしてのイメージがはっきりする。最初から本格的なものを創るのではなく、空き店舗を利用して神社のように飾り立ててみればよいと思う。 話題になるほどの水晶玉でも、ダイヤモンドでも展示しておけば、とりあえず行ってみようという見物客はいるわけで、場合によってはTVのワイドショーにも取り上げて貰えるかも知れない。秋葉原は今活気を取り戻しつつあり、その流れに乗って御徒町にも人を呼び、ジュエリーに少しでも関心を持ってもらう事は、業界全体の活性化の一助になると思える。 ただすべからく「仏を作って魂入れず」では逆効果になるわけで、いつ行っても小奇麗で新鮮さを保つように、神社の運営管理をしっかりとし、誰でも楽しんでもらえる「お立ち寄りスポット」として打ち出せば面白いのではないか。来年には、東京スカイツリー見物の観光客も見込まれる事を考えれば、その人たちに御徒町に来てもらう切っ掛けにはなるだろう。 また、業界の側から見ても「神社」というツールは、いかようにも幅広く使えるので、ジュエリーイベントにも、情報発信基地としても、利用できるものではないか。 JJAは近じか「絆」ジュエリーを仕掛けるわけだが、それもこの「神社」を絡めれば発信力は倍増するだろう。 きらびやかで美しい神社なら、自然と人は寄ってくると思える。予算組みや運営主体の問題など、実現には課題は多いが、長い目で見て業界全体の活性化を考えるならば、JJAを中心に業界あげて取り組んでもいいのではないか。 (現場の目線で考えるコスモループ代表 林田信久:cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
役員経歴の情報開示を JJAレポート82号(2011年6月)に、JJAの新しい役員人事と退任した役員の名簿が掲載されている。この名簿の入れ替わりを見てなんの感想ももてないのは、役員一人一人の経歴が全く記載されていないからで、これでは 公的な団体運営の常識を疑わざるを得ない。 少なくとも各人の年齢、性別、出身母体の会社内での肩書き、当該会社の業種(卸、小売なのか、その外)内容(主な扱い品目)程度は、公開するのが筋というものである。そのことで、今回は小売り出身の役員が前より増えたとか、平均年齢が上がった下がった、女性の役員が多くなった少なくなった、ということから執行部の性格というものを外側から理解するわけで、まったく無記載というのは実に珍しい。 新役員の「エム・エヌ・アラウディーン」という人、男性、女性?どこの国の人?どんな商売をしているの?ぜんぜん分かりません。この異国の人が、役員として何を担当するのだろう。梶光夫氏って、あのジュエリーデザイナーの梶氏のことだろうけれど、世間は広い、同姓同名全くの別人かもしれない。 堀会長は、今回役員数を50名から30名に絞って、コミュニケーションを明確にすると述べているが、数はともかく、その絞込みの基準はあるのだろうか。例えば小売り出身の役員を増やすことで、消費者の動向をより的確に把握したいというような意図があってか、否かというような類の基準である。 そういう事は、きちんと説明していただきたい。 仮に小売り出身の役員がいたとしても、年商規模が10億〜20億円規模のチェーンを束ねる社長クラスなら、そういう商売の発想をするだろうが、では年商にして5,000万円にも満たない宝飾業界の過半数を占める中小零細小売店の声を、JJAはどう吸い上げていくのか、そういうことを見るためにも、役員の経歴というのは、大事なものなのである。 たぶんJJAは、そういうことには無頓着なのだと思う。今世間を騒がしている「原子力村」と同じく「宝飾村」があって、主だった会社の面々は互いに旧知の関係で語るほどもないということかも知れない。街の商店街の役員感覚で会費を集めるのではなく、公金を集めて運営している全国規模の団体である以上、会員に知らせなくてはならない基本的な人事情報はあるわけで、それを怠っていいという理屈は通らないだろう。 市場規模8,000億円の宝飾業界の全体をリードしていくべき位置にある協会なのだから、改めてきちんとした役員情報を出して頂きたい。(現場の目線で考える・コスモ ループ代表 林田信久) |
|
|||
私見 ブランドビジネス考 「あたらしいブランドが出来ましたので、ご紹介にうかがいました」。こういう挨拶で、卸商が持参する商品群は確かに一定の視点で括られているわけだが、果てブランドと呼ぶべきものか。「今後の小売店のありかたは、店自体をブランドかしていくことです」、そのこと自体は問題ではないが、言うほど一朝一夕に出来るものか。 ブランドとは何か、そのこと自体について議論のたたき台ぐらいにしかならないつもりで、触れてみたい。(スーパーブランドを念頭において) 多分「ブランド」の核心というのは、そのデザインにあると思える。一目見て誰からも「あのブランド」と分かるほどの、個性的で斬新な時には奇抜ともいえるデザイン。品質も一流のレベルである事は間違いないが、デザインへのこだわりこそが全てといっていい。だから「ブランド品」というのは、そのブランドへの熱狂的とも言うべき信奉者、そのデザインがピタリと似合う一部の人々がいる一方で、そのブランドのデザイン感性を全く受け付けない人々もいるという事になる。言い方をかえれば、デザインが人を選ぶ事になろうか。そこにデザインという表現の生命力を見ることが出来る訳で、知的財産権の保護という話にも通じていく。 日本時計輸入協会が発行している「時計ブランド年鑑」を見ると、どのブランドもデザインのオリジナリティを主張していて、他のブランドに似せるという感覚がない。要するにありふれてないのだ。商売になろうがなるまいが、これが俺のデザインだ。気に入た奴に買ってもらえればそれでいい、そういうスピリットが伝わってくる。 確かにヴィトンのバッグがどれほど人気になろうと、グッチやエルメスがロゴだけ変えたパクリ商品を出す話は聞いたことがない。(当たり前だが・・とはいえ日本では逆が当たり前だが) もうひとつ「ブランドメーカー」は、ブランドイメージの維持に莫大なコストをかけていることである。このブランドを身につけることが、憧れであり誇らしいことであると消費者に思わせるようにである。店舗立地、店内装飾、接客応対、パッケージ、広告宣伝、モノが売られていく上での全ての契機が、ブランド力の維持向上という一本の横糸に貫かれている。だから消費者に寄り添うのではなく、イメージという魔力に磨きをかけて消費者をブランドのもとに、ひれ伏すように仕掛けているわけである。 こう見てくると「ブランド」というのは、個性溢れるデザインにこだわり、トータルとしてのブランドイメージを大切にし、そのブランド支持者の創出に腐心している姿が見えてくる。このことがブランドビジネスの原点とも言うべきものだと思える。が「ブランド」という言葉を、どう理解しようと自由ではあるから、冒頭に触れたような事例が日常的にみられるが、そういう言葉の使用方法からビジネスの成功話が生まれるとはとても思えない。 (現場の目線で考えるコスモループ代表 林田信久:cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
リフォームビジネスは割に合うか 苦戦がつづく宝飾業界の中で、リフォームの需要は底堅いという話をよく聞く。貴金属の買取りと並んで、リフォームは小売店にとってまさに「干天の慈雨」と感じられているかもしれない。一方で積極的に乗り出すには、そのリスクを考えると二の足を踏んでいる小売店も多いだろうと思える。改めてリフォームのリスクについて触れてみたい。 預かり物全般に言えることだが、リスクは人的リスクと物的リスクに分けられる。例えば預かった色石が、枠を外したら爪止めのところに欠けがあった。リングの石をペンダントに加工し直したら光線の加減で隠れていたクラックがハッキリしてしまった。デザイン画どおりに作ったが、画の雰囲気が生かされていないなど、ジュエリーの場合あげればきりがないほどの物的リスクがある。 人的リスクというのは、依頼する消費者の中には非常に猜疑心の強い人がいて、要望通りだったとしても、このサフアイアは私のものと違う気がする。もっと色が濃かったはずなどと、言い出す場合が一例である。JJAレポートでも触れているが「石をすり替えられるかもしれない」という懸念を持っている消費者は随分いると思う。 またリフォームを引き受ける店の側でも、スタッフが基本的な確認事項を怠ったり、加工する業者とのやり取りに店の意図が間違って伝わったりして出来上がりに不備が生じることがある。こういう人的リスクもジュエリーの場合大きな損失につながりかねない。 リフォームの場合、手がけた以上元に戻せないというリスクもあるので、仮に何らかの解決がなされたとしても、消費者、小売り双方に不満の残る後味の悪さもある。こう見てくると「リフォームビジネスは割に合うか」という疑問が出てくる。 今までは個店対応しだいだったリスク対応に、業界全体の取り組みが最近始まった。「日本リ・ジュエリー協議会」が設立され、リモデルカウンセラーの資格検定制度を導入し、受託者賠償保険も誕生した。消費者保護の観点から見れば、こういう動きは勿論好ましいことで、直接の引き受け手である小売店も、リスク軽減の環境整備が整いつつあると感じられるだろう。しかし現場にいて思う事は、リフォームがうまくいってお客さんに喜ばれるために必要な事は、多分一人のお客さんに十分な時間をとってこまかいところまで話を詰めていくという基本的なことではないだろうか。この“十分な時間”の中でお客さんのジュエリーへの思いを聞き、作り変えのさいの懸念、不安を和らげることが最良のリスク管理といえる。 リフォームという仕事は、貴金属の買取よりははるかに難しく、需要があるということで安易に手がけられないだけでなく、人の見極め、物の見極めを含め宝飾店のトータルとしての力量が問われる事は間違いない。割りに合うかと問われれば、合わないかもしれないといいたいところだが、そういった計算を超えてリフォーム本来の意味である石を生かし直すという仕事に意義ややりがいを感じるなら、挑戦する価値は十分にあるだろう。(現場の目線で考えるコスモループ代表 林田信久:cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
舶来時計雑感 いわゆる町の時計店というのは、主にセイコーやシチズンの製品を長年取り扱ってきて今も世の中の変化ほどには変わっていないだろうと思う。だから時計取扱いでの商慣習というものも国産メーカーとの間の事が自然と基準になっているので、舶来時計の扱いでは戸惑うことがしばしばある。とりわけメンテナンス分野では著しい。 たとえば保証書 国産メーカーでは束で送られてくるが、舶来時計では一点につき一枚で、書き損じでもしたり、キヤンセルにでもなると対応に困る。化粧箱についても同様である。 メーカー送りの修理品の場合、セイコー、シチズンともに小売店の立場も消費者の言い分も配慮して臨機応変の対応をしてくれるが、舶来時計では紋切り型の自社基準どおりの対処が圧倒的に多い。そういう修理でなければ受け付けませんという姿勢に面すると、その頑なさにいらだちを感じるが、たぶんそういう経験を誰もが一度はしているのではなかろうか。自店で扱っているわけではないが、お客さんサービスのひとつとしてブランド品のメーカー修理を引き受けても、修理利益はゼロで送料持ち出しの事例はいくらでもある。時計文化の違い、大衆品と高級品の違い、一つ一つの製品、ブランドへのこだわりの違いと理屈はつけられるが、たぶん名の通った舶来メーカーやスーパーブラントでは、電池交換一つとっても町の時計屋さんに扱ってほしくないというのが本音ではなかろうか。 あるスーパーブランドに修理品を送ろうとしたら小売店からの受け付けはしない。ユーザーには特約店に持ち込むようにとの返事であった。特約店がどの町にもあるわけではなし、消費者本位の視点からみると随分と身勝手な対応である。輸入時計には国産にはない夢があってもいいとは思うが、[郷に入って郷に従う]ということわざもあるとおり、その国の商慣習を無視したがごとき在り様ではいずれ静かなる客離れが起きるのではないか 気位が高いということは結構なことだ。それならそれで首尾一貫して、並行輸入品という安売り垂れ流しもやめたらいいのでないか、そちらのほうはほうかむりの算術優先では、舶来時計のプライドが泣くというものだ。 それにしても常々知りたいと思っていることに、いったい海外とりわけヨーロツパでは一般大衆はどんな時計を使っているのだろうというのがある。皆が皆オメガやロンジンのような高級時計をやっているわけではないだろう。時計店というのは日本と同じように小さな商店としてあるのだろうか。ディスカウンターによる時計販売は主流だろうか。修理はどのように対応されているのだろうか。保証の期間は一年だろうか。保証書は発行されているのだろうか。セイコーやシチズンの時計は高級品扱いなのだろうか。新製品発表にみる華やかな話題やブランド品についてのなにがしの文章はよく目にするが、普通の人々の暮らしの中の時計というものの在り様についてきちんとしたレポートがない。それらを知ることが、すぐに業界の発展に寄与するわけではないが、自分たちの商慣習の基準値を見直してみるという意味では、けっして無駄ではないよう思える。 (現場の目線で考える コスモループ代表林田信久)cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
社員とパートどこが違うの 小さな会社では人を使うということは、なかなか難しい問題をかかえこむものである。 景気がよかったころの話だが、私が店長で数人のパートさんで店をまわしていたのだが、若い女性社員を一人雇うことになった。彼女には当然の事ながらフルタイムで働いてもらったのだが、その労働時間の長さを除くと仕事内容はパートも社員もほとんど差がないのである。 電池交換もバンドの取り付けも接客もまた簡単な仕入れもパートさんはこなしていたから、改めて社員でなければならない仕事というものがないのである。当時は営業時間が延びていた時期だったので、社員の女性も退社時間が夜8時〜9時になったのだが、パートさんは契約時間どおりの退社であった。「わたしもフルタイムのパートで働きたい、それなら時間通り早めに退社できる」とその社員の女性から申し出られて困ったことがあった。 社員だけ、あるいはパートだけで職場が構成されていればともかく、社員とパートが組み合わせられている場合にはまず雇用する側が、その辺の区分について明確な理解をしておかないと、社員、パート双方に不満がたまり職場のコミュニケーションが十分でなくなる恐れがある。 業種によっては誰の目にも分かる形で仕事内容が区別されているだろうが、時計や宝飾品を扱う小売店の売り場ではどうだろうか。 社員の仕事を補佐するのがパート、フルタイムではなく短時間働くのがパート、いろいろな定義をかんがえてみたがしっくりこない ベテランになると社員並みの仕事をするひともいるし、一日8時間労働のパートさんもいる。 社員を減らしてパートでやり繰りしたいと思っている経営者も、そういう試みをしたがうまくいかなくてまた社員を雇いなおした経営者も、似たようなことで悩んでいないだろうか 考え考えしながら私なりにたどり着いた結論は、法律論は別にして次のようなものである。この日本という国においてはという限定つきではあるが。 社員というのは、その人の生活の中心に「仕事」がある人のことである。休日出勤もあれば、残業もある。泊りがけの出張もあれば転勤も会社によってはある。プライベートの時空間が仕事の都合で突然の変更を強いられることもありえる。体調不良で欠勤することも基本的には認められていない。そうならないように健康管理が求められるのである。それに対してパートというのは、その人の生活の中心が今働いてる「仕事」「職場」以外のところにある人のことである。たとえば主婦ならば「家庭」である。その家庭の仕事の空いた時間、やり繰りしてできた時間を利用して働きに出るから、時間の一部という意味でパートなのである。子供が熱を出したり、同居のお年寄りが具合が悪くなったなどで急に休むことがあってもそれはやむをえないことなのである。「中心」である家庭の事情が優先されるのである。 なまじの社員より有能なパートはいる。「うちで社員で働かない」そう声をかけたくなるのだが,雇う側も雇われる側もそれは中心というものの本質的な変化であることをよく自覚したうえでないと、職場に混乱だけが残る結果となりかねないのである。(現場の目線で考える コスモループ代表 林田 信久cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
社員とパートどこが違うの 小さな会社では人を使うということは、なかなか難しい問題をかかえこむものである。 景気がよかったころの話だが、私が店長で数人のパートさんで店をまわしていたのだが、若い女性社員を一人雇うことになった。彼女には当然の事ながらフルタイムで働いてもらったのだが、その労働時間の長さを除くと仕事内容はパートも社員もほとんど差がないのである。 電池交換もバンドの取り付けも接客もまた簡単な仕入れもパートさんはこなしていたから、改めて社員でなければならない仕事というものがないのである。当時は営業時間が延びていた時期だったので、社員の女性も退社時間が夜8時〜9時になったのだが、パートさんは契約時間どおりの退社であった。「わたしもフルタイムのパートで働きたい、それなら時間通り早めに退社できる」とその社員の女性から申し出られて困ったことがあった。 社員だけ、あるいはパートだけで職場が構成されていればともかく、社員とパートが組み合わせられている場合にはまず雇用する側が、その辺の区分について明確な理解をしておかないと、社員、パート双方に不満がたまり職場のコミュニケーションが十分でなくなる恐れがある。 業種によっては誰の目にも分かる形で仕事内容が区別されているだろうが、時計や宝飾品を扱う小売店の売り場ではどうだろうか。 社員の仕事を補佐するのがパート、フルタイムではなく短時間働くのがパート、いろいろな定義をかんがえてみたがしっくりこない ベテランになると社員並みの仕事をするひともいるし、一日8時間労働のパートさんもいる。 社員を減らしてパートでやり繰りしたいと思っている経営者も、そういう試みをしたがうまくいかなくてまた社員を雇いなおした経営者も、似たようなことで悩んでいないだろうか 考え考えしながら私なりにたどり着いた結論は、法律論は別にして次のようなものである。この日本という国においてはという限定つきではあるが。 社員というのは、その人の生活の中心に「仕事」がある人のことである。休日出勤もあれば、残業もある。泊りがけの出張もあれば転勤も会社によってはある。プライベートの時空間が仕事の都合で突然の変更を強いられることもありえる。体調不良で欠勤することも基本的には認められていない。そうならないように健康管理が求められるのである。それに対してパートというのは、その人の生活の中心が今働いてる「仕事」「職場」以外のところにある人のことである。たとえば主婦ならば「家庭」である。その家庭の仕事の空いた時間、やり繰りしてできた時間を利用して働きに出るから、時間の一部という意味でパートなのである。子供が熱を出したり、同居のお年寄りが具合が悪くなったなどで急に休むことがあってもそれはやむをえないことなのである。「中心」である家庭の事情が優先されるのである。 なまじの社員より有能なパートはいる。「うちで社員で働かない」そう声をかけたくなるのだが,雇う側も雇われる側もそれは中心というものの本質的な変化であることをよく自覚したうえでないと、職場に混乱だけが残る結果となりかねないのである。(現場の目線で考える コスモループ代表 林田 信久cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
業者催事のプラスとマイナス 小売り宝飾店の倒産が相次いでいる。3月にはリエジェを展開していた「ナカニシ」が、4月には「ジュエリーフォンド」が、そしてつい最近では「銀座審美堂」が経営に行き詰った。 店舗閉鎖などのリストラ策により生き残りを目指したものの販売不振から脱却できなかつたということだが、この販売不振の波は一段と勢いと水位をあげている。 市場規模が縮小に次ぐ縮小を重ねていくと、宝飾店の経営というのは詰まるところ無借金であること、家賃支払いがゼロに近いこと、金融資産が十分であること、この3条件を満たした 企業のみが生き残ることができるようになるだろう。平たく言えば資産家の趣味的事業に近いものになる。連鎖的な3社の倒産からは見えてくるものは、3,11以降ついにそういう経営環境の一端が現れたのではないかという懸念である。 そうであるがゆえにというべきか、売上げ維持の即効薬である業者催事について触れてみたい。 売上げ不振に悩む小売りにとって催事は魅力的である。業者チラシや顧客をホテル等に誘う展示即売会は、一定の売り上げは確保できる。恒例化しているとそれを楽しみにしているお客さんもいるだろうが、経営の視点でみると自店の商品が基本的には動かないから、手元に残るのは粗利益から経費を除いた部分である。 催事を行うまでの準備期間の手間暇も経費に繰り入れれば、売上次第では案外赤字ということもありえる。業者による催事はお客さんからみればあたらしい刺激という点で意味あることだが,全体のパイが縮小している現在では一年のうちそのときだけ購入してくれる顧客も少なくないと思われる。すると自分の顧客を業者に紹介しているだけで、結局自分の首を自分の経費を使って締めているという見方も成り立つ。また催事商品が、割高であったり品質的にも説得的でなかったりということもかんがえなければならない。 これが自分の在庫を売るためのイベントであれば仮に少々の赤字であっても売上金には自店が投下した金額すべてが含まれるわけだから、資金繰り的に楽になり、なおかつ新しい商品に切り替えができるのである。 誤解されると困るが、業者イベントを否定しているわけではない。私の店でも利用しているがこの大不況下その功罪についてはよく理解をしておかねばならない。 と同時に自分の目を信じて格安に仕入して自らの工夫で売るという商売の基本が、十分な利益と店の活性化と経営の改善をもたらすことは自明の理である。もちろん言うは易しではあるが、その原点に返ってのいわば開き直りからしか小売店の展望は開けないようにおもえる。 冒頭でもふれたが大半の宝飾小売にとって、行くも大困難、退くも大困難の時代がはじまっているのである。 (現場の目線で考える コスモループ代表 林田 信久) cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
自己主張する品揃えを 1990年前後をピークとしてこの国の宝飾市場規模は、現在にいたるまでほぼ一貫して縮小しつづけている。今回の震災は更なる市場規模の縮小をもたらすだろうし、回復への道のりもけっして楽観視できない。この流れに比例して小売店の店頭在庫も、大半では減少しつづけていると思われる。それは市場規模縮小にあわせて意識的に在庫減に取り組むというよりは、売上の減少が資金繰りを圧迫し、その経営的必然として在庫減の状態になったといってよい。売り減らし、売り食いの類である。10の仕入れすべきところを8、 8の仕入れのところを6といった具合で在庫が減っていくのである。在庫の減少は機会損失のリスクをはらんで売上の減少をもたらし、それがまた在庫の減少をもたらすという負のスパイラルになる。推測だがこういった状態はバブル崩壊以降現在でも相も変わらず続いているのではないだろうか、にもかかわらず宝飾小売店が生き残ってこれたのは、業者催事やホテル催事などを活用しての売り上げ確保が寄与したと思われる。業界紙を見渡しても、OO展に多数の入場者、OOホテルのジュエリー展盛況といった記事や「売るための接客、催事」といった即効性の高い記事は目につくが、物を売るうえでの基本的な事柄を確認していくような記事は皆無といってよい。色石を売るための、真珠を売るためのセミナーはあるが例えばジュエリーPOPの作り方、ジュエリー売り場の色調を手早く変えるための教室なんてものは無いのである。またジュエリーの品揃えをしていくうえでの注意すべき問題点とはなにかといった文章にも出会わない。 そういうことへの問題意識が、稀薄な業界なのだろう。 経営の効率化という視点からいえば、少ない在庫で同等の売り上げが確保できるにこしたことはないが、それはきちんとした在庫の編成ができてのことで、単なる仕入れ抑制では機会損失による売上減を避けることができない。計算された在庫というものは、自店のターゲットカスタマーを明確にしたうえで、中心価格ラインを設定 扱い品目も絞り込み恣意的になりがちな在庫量に歯止めをかけていくことである。 いわば自己主張できる店頭在庫ということである。そうすることで売れ筋、死筋がすこしづつ見えてきて、そこから在庫の効率化という一歩が始まるのである。 これらのことは極めて基本的なことで、靴であれ、化粧品であれ、時計であれ、物販全般に通じることだが、この業界で中心的テーマとしてほとんど論じられないのは、宝飾品特有の商品回転率の低さに起因すると思われる。正味一回転もすれば好いほうではないだろうか(店頭在庫が一年間で一回入れ替わるという意味)。そのため何が売れるか売れないかのデータ分析は効果的ではなく、また消費の変化に合わせて在庫構成を変えるのも資金的困難を伴う。勢い、売っていく手法だけが関心事になるのだが、逆にいえば商品回転率を上げていくための工夫の余地はまだまだあるということだ。 あらためて自店の商品を見渡して、過剰な部分、不足の部分を整理して「主張のある品ぞろえ」をしてみたら、新たな宝飾店のありかたが見えてくるのではないだろうか。(現場の目線で考える宝飾店研究のコスモループ代表 林田信久) cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
余震もすこしづつ収まり計画停電も中止になってようやく商売の環境が整ってきたと思いきや、自粛ムードが大きな困難の壁になっている。 多数の方が亡くなり被災した人の苦労を思えば自然と生活全体が控えめになるのはやむを得ないにしても、限度を超えるとまさに「ぜいたくは敵」ということになってしまう。花見もダメ、祭りも中止、観光も見合わせでは、それで食べている人も行き詰ってしまう。日本経済のGDPの構成比の 7割弱が第三次産業であることからしても、自粛ムードはなんとかしないといけない。 もちろん宝飾業界にとっては死活問題になりかねない。といって正面からこのムードに異を唱えて声高に「消費、消費」といつても効果的とは思われない。この局面を打開していくには、この流れに沿いながらすこしづつ無理なく消費の活性化へ方向転換するように工夫する必要がある。 わたしなりの提案だが、「がんばれニッポン」の文字を刻印した天然石ブレスレットを売り出したらどうだろう。みんなの支援の心がひとつの輪になるという意味でブレスレットなのだが、小売りは100円分高く仕入れしてその分義援金にまわし、消費者にも100円分高く買ってもらって同じく義援金とする。肝心なことは、自粛ムードの局面の打開が目的だから、個店ではなく業界全体で取り組まなければならない。 たとえば日本ジュエリー協会(JJA)なりJOWJAPANなりが前面に出る形がベターだと思う。そうなればメディアへの発信力も強くなり、宝飾品を購入することへの心理的な抵抗感もなにがしか薄まるのではなかろうか。 またこの際ジュエリーデザイナーにもひと肌脱いでもらって、洗練されたデザインのものができれば素晴らしい。 また業界全体の意思表示としてのポスターも作ってみたらどうだろう。 今回の震災の支援で、各界の著名な人たちが億単位のお金を出している。それはそれでいいと思うし、売上金全てを義援金にあてるチャリティもいいとおもうが、卸も小売りも利益を得ながらなおかつ義援金が自然と広く浅く集まってくる仕組みを作ることが、消費の活性化と支援の持続を両立させる方策だろうとおもわれる。 [震災寄付]シールも作ってみたらどうだろう。プライスに貼って売上金の一部が義援金に回るように消費者にアピールするためのものである。こういう仕掛けも個店では、なかなか経費面からむずかしいがJJAやJOWJAPANなら容易ではないだろうか。 自粛という固まってしまった心理面をうまくときほぐして、消費で支援という風に流れを変えていくために、思いつくことはなんでもやってみることだ 非常の時である。平時の発想やいずれ考えてみようといった時間感覚ではとても対応しきれるものではない。即断即決 失敗も経験のうちぐらいの胆力でたちむかわないと、自粛の嵐に小売りも卸もなぎ倒されてしまうと懸念している。コスモループ代表 林田 信久)Cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
中小小売店の今なすべきこととは 大震災の二次災害ともいうべきか [不要不急]の商品の象徴ともいうべき宝飾品の売り上げが急減している。もともと低迷していたこの業界に更なる追い討ちである。どう対処すべきか 中小小売店の立場に立って考えてみよう。 小なりといえども会社である以上、経営者としての在り方と店主、店長としての在り方が普段は混在している。この非常時ともいうべき時は、[経営]を最優先にして物事を組み立てていくのがベストだろう。 まずは経費の削減である。テナントならば家賃の一時的な値下げの交渉、 パートさんには時間数を減らしてもらう、社員にも協力を仰ぎ、自らの給料ももちろん削減する。 次に資金繰りの確保。問屋等への支払いの繰り延べの依頼、低利の公的機関からの融資の情報収集、それから商品仕入れの絞り込み。しばらくは商品を仕入れるのではなく今ある商品の演出に力を入れるよう店長に指示する。 更に可能ならば少しでも粗利率の高い商品構成に変えていく。経験があれば電池交換もやってみる。すると時計バンドも売れるかもしれない。 最後にこれがもっとも大事なことだが、経営者トツプ自身の心身の健康管理である。健 康であることが、中小小売店にとっての最後の砦である。この混乱は長引くかもしれないという状況認識と震災前に戻ったとしても[低迷]状態に戻るにすぎないという認識を重ね合わせると、まさに生き残りをかけた経営手腕が試されているのである。 一方、店長という立場で言えば、[基本]に徹するにつきる。売り場を季節感をともなった鮮度味のある状態に保ち、お客さんのニーズに沿った演出を心がけることである。消費者心理が落ち着いて来れば、そういう構えをもった店にお客さんはまずは戻るものである。 配慮しなければならないのは、手足となって働いてくれるスタッフのやる気を維持すること。円滑なコミュニケーションが売り場の活気を高めるだろう。 これで一通りの[震災モード]の対応になる。3,11以降すべてが変わったのか否か、見極めは難しい。将棋の谷川九段は阪神大震災の自らの体験から、被災者の人たちに「がんばりすぎないように」というメッセージを送っている。この戦いは長きにわたる。気力だけでは乗り越えられるものではないという趣旨である。小売店もまた同様に長く深い低迷と相対していかねばならないように思える。わたしが思いついた以外にも、震災対応の処方があるならぜひ教えていただきたい。まさにみんなで生き残りの灯をともさなければならない非常の時であろうから。 (コスモループ代表 林田信久 cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
小売業に責任はあるか JJAがダイヤモンドの鑑定問題に係る再発防止策をまとめた 具体策として3点あるのだが、小売業の販売の在り方についてまず取り上げている。 「今回のダイヤモンド鑑定問題でクローズアップされた最大の問題は、現在のダイヤモンドの小売販売の多くがダイヤモンドの品質や価値、価格などについて、その根拠を全てグレーディングレポートに依存するような販売の仕方で、販売者責任というものが二の次になっている点である。」 え、今回の不祥事って小売業にまずもって責任があるの? 事件の流れからいえば小売りは被害者の立場ですよ 消費者からクレームを受けたり、店頭の商品を再鑑定に出した り、それなりに事後処理に手間暇係っているのに、どういう議論をするとこういう結論になるのだろうか 今回の事件の遠因、背景ということになれば小売業のありかたに言及することもしかるべきかもしれないが、再発防止策ということになれば、まずはどうして鑑別会社がこういうことをしたのかということを調査し、その直接的な原因について対策をたてるのが筋ではなかろうか。 [全宝協」なる鑑別会社が、ダイヤモンドのカラーグレイドをごまかした訳だがどうしてそうなったのか JJAは「ことの真相を明らかにするため、関係者に事情聴取を」行ったわけだからその内容を是非公表してもらいたい。再発防止とは、その事実認識の上に立ってのことであることは大相撲の八百長問題で真相究明が第一優先であることを見ても明らかである。その結果としてなるほど小売業の過半の店が[全宝協]になんらかの不当な圧力をかけていたという事実があるなら、再発防止策として小売業がやり玉にあがってもやむをえないだろう。 そもそも鑑別会社はダイヤのグレーディングをごまかしたところで、自らダイヤを販売 するわけではないから信用を落とす以外なんのメリットもあるはずがない。当然そうする ことで悪徳利益をこっそりかすめとった輩がいたはずである。その鑑別会社と顧客との関 係性こそなにはさておいてもメスを入れなければならないのは、だれの目にも明らかであ る。そのことをきちんと文言として書いたうえで、そのための再発防止策を冒頭に示すの が見識というものではなかろうか事件の遠因や背景というものを挙げはじめたらきりがな いわけで、小売店にダイヤのマスターストーンが用意されてないことも一因だろうし、宝 飾市場の縮小に伴う鑑別会社間の過当競争も一因だろう。 それでは議論の焦点が拡散するばかりで説得力ある再発防止になるはずがない。小売業 がダイヤジュエリーの販売にあたって[販売証明書]を発行するようになったら鑑別会社 とそこにダイヤを持ち込む卸との関係性は変化するだろうか 私には、全く別次元の事 柄に思える。JJAの再発防止策には、大いなる疑問を感じるのである。 (コスモループ代表 林田 信久 cosmoloop.22k@nifty.com) |
|
|||
誤差ゼロの先に何を求めていくのか 腕時計にはおそらく技術的価値と装身具としての価値がある。 技術的な価値を突き詰めていけば、誤差ゼロの電波時計に一つの到達点を見いだすであろう。装身具としての価値ということになると、その時計を身に付ける事がとても誇らしく感じられたり、うれしく感じられることだと思われる。時計としてはそれなりに正確であれば十分ということになる。 私の理解では、SEIKOもCITIZENも技術的価値に重きをおいて開発に企業力を投入してきている。その結果が年差のクォーツ・キネテック・エコドライブ等に表れている。しかしそうした新技術製品も、すぐに量販店に大量に陳列され、まるで一山幾らのように売られてしまうから、装身具としての価値が損なわれてしまう。いつも感じることは日本の時計メーカーは、せっかく多額の費用をかけて開発したものを、なぜもうすこし大切に育てないのだろうかという疑問である。開発に携わった技術に対する敬意というものが感じられない。 SEIKOがキネティツク・オートリレーを発売したとき、スイス時計の営業マンが「うちならあれで3年食えますよ」と語したのを今でも覚えている。すでに装身具としての価値を確立している腕時計に技術的な価値が加われば、競争カはぐつと増す。しかしその逆に技術的に優位であっても装身具としての価値を付与していくのは簡単ではない。はたしてSEIKOもCITIZENも日本のユーザーにとって魅力ある装身具ブランドだろうか。 一方、海外ブランドではオメガであれ、ロンジンであれ、ホイヤーであれ、カルティエであれ、クォーツ時計の分野において目立った技術開発は見られない。環境配慮の時代だからあたらしい基軸のソーラー時計でも発売するのかと思っているが、そうでも無さそうである。 想像だが、きっと彼等はブランドイメージを守り高め浸透させていくことこそが最大のテーマで、その事に日本のメーカーの技術開発に匹敵するコストとエネルギーを注いでいることに違いない。 平たく言えば「誤差ゼロの時計、それって生活に必要ですか」、「個性あふれるデザイン、あなたに似合うけど、けっして私には似合わない時計だから、貴方の生活が楽しくなる」ということになろうか。 デザインやイメージを重視するのか、技術開発を更に進化させるのか方向性の違いで、優劣の問題ではないが、それにしても誤差ゼロの先に何を求めていくのか、日本ブランドにいささかの危惧を感じるのである。(コスモ ループ代表:林田信之) cosmoloop.22k@nifty.com |
|
|||
御徒町に『ジュエリー神社』を 新年あけましておめでとうございます。今年一年が平穏にして無事であることをまた誰の身にも大きな災厄がふりかからないことを願ってやみません。 年初の心境を歌にたくせば「めでたさも中ぐらいなりおらが春」というとこでしょうか、良い年であってほしいものです。「このどん底不景気のどこがめでたい」なんて野暮はいいっこなし。寅さんじゃないが、それをいってはお終いなのだ。 新春の富士山でも拝んで、縮んだ思考回路のシワをのばすに越したことはない。世の中捨てる神もいるが、拾う神様だってちゃんといる。 ひとつ提案だが御徒町の一角に『ジュエリー神社』を造ったらどうだろう。ジュエリータウン御徒町とうたっているが、シンボルというか象徴がないからイメージ発信力が弱い。 ジュエリー神社があれば、宝飾の町として分かりやすい。朱塗りの鳥居をポツンと建てただけじゃ絵にもならないが、例えば日本の何処にもないくらい大きな水晶玉をドンとすえて、この水晶に触ると元気なパワーが身に付きますよ、とか水晶玉に水を流して“水晶神水”という名称で売り出したりしたら、そういう事大好きおばさん達がどっと押し寄せる気がしませんか。案外東京観光のスポットになる可能性はある。 近々スカイツリーも完成するけど、象徴としてのジュエリー神社があれば、望遠鏡でのぞいて観光客が立ち寄ってくれるかもしれない。あの無味乾燥の如きジュエリーディーの企画だってこの神社をからめて催せば生き返ってくると思いますが....。 素人さんが沢山やってきたってわたしら卸には一文の得にはなりませんよって、ケチな事はこの際いわない。年々歳々活力が失われれて気が付けば、天然石を扱うインド人の店舗と地金買取り店舗がドット増えてしまったジュエリータウン御徒町 昇るインドと中国 沈む日本かいな やれやれ。 「将を射んとすれば、まずは馬を射よ」の例えのごとく、まずはサプライズな話題作り さすれば消費者のジュエリーへの関心度があがること間違いなし。回り回ってみんなが潤うようにこの世の中はできている。 いささか荒唐無稽の観なきにしもあらずの提案だが、チマチマしたセール企画よりずっとインパクトがあるんじゃなかろうか。幸いジュエリーデザイナーも居ることだし、きらびやかで美しい、誰でも一度は訪れてみたくなるような神社を業界全体で力を合わせて造ってみませんか。(コスモ ループ代表:林田信之) |
|
|||
どこに希望はあるのか 今年を振り返って来年への展望をテーマに書くつもりだったが、展望が見えてこない。二重三重の停滞感に取り巻かれて窒息しそうな幹事を過半の経営者が持たれた今年一年ではあるまいか。 卯年を迎えてピョンピョンと兎が跳ねるが如き飛躍の素地が何もないのである。規模の縮小、経費の更なる削減、廃業か継続かの決断。今年の負の経営課題が引き続き来年の経営課題であるという深い閉塞。何処に希望があるのだろうか。 いやいやこの世に着飾ることが本能的に好きな情勢がいる限り、宝飾品がなくなるなって事はありませんよ、なんて慰めにもならない言い方もあるだろうが、次のような話もある。 小売店が買い取ったスクラップ貴金属を回収する業者によると回収金額は、会社全体で月に数十億円になるそうだが、この月商額は10年以上も続いているという。都市鉱山は掘っても掘っても枯れることはなく、貴金属はザクザク出てくるし、今現在も出てきているというのは紛れもない現実だ。60兆円もの貴金属資産が日本にも眠っているという説もある。 エコポイントの特典期限切れ間際には、家電量販店に行列が出来るのも現実。必要なものは高額でもちゃんと買う。日本の銀行に1,400兆円の金融資産があるのも現実。この国は、貧しいのか、豊かなのか? 日本市場は、消費の潜在的な力は充分にある。それを引き出す方策が、いつもいつもワンパターンで、消費者の側から見ると陳腐化しているに過ぎないかもしれない。「やり方一つだよ」といってしまえばそれまでだが、それでも校風の余地があるだけ希望はあるということだ。 私事で恐縮だが、タウン誌に広告を出すとき、担当する貴社に「小さなスペースだが、今までに見たことのないデザインを考えてくれ」と伝えることにしている。結果、成功もしくじりもまあまあもあるのだが、消費者に関心を持ってもらうにはいつもまっさらな地点から作り上げることが大事だと思うが故にである。 「そう言うもののなかなか思うようには行きませんよ」とつぶやく声が聞こえてきそうだが、諦めてしまえば落ちるのは速い。とどのつまり、希望とは一人一人の経営者の生き残っていこうとする意思とやる気ということになる。希望は内側にある。それが「みんなでともそう生き残りの灯」なのである。ではみなさん、良いお年をお迎え下さい。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
「生活鉱山」の視点から見れば宝飾店の新しい利益の柱に 邪道であると思っていた。不用の貴金属を田中貴金属に持ち込めば、金相場に比例した価格で換金できるにもかかわらず、いわば素人の無知に付け込むがごときかたちで安く買い取るのは、商売の倫理として納得がいかなかった。 インターネットで調べれば自店の利幅もわかるわけで、そういう点でも信用にかかわるという懸念もあった。 がしかし、「買取り」を正式に始めてみると別の風景が見えてきた。「貴金属を売りたいが、どこに持ち込んでいいか分からない。買取り専門店はどうも信用できない」というお客さんが随分といるという事実。売る事情もさまざまで古くなったジュエリーの換金処分だけでなく、金の価格が上ってきたからという人、奥様を亡くされてその遺品処分という人、身辺整理を始めた からという高齢者、工場を閉じた時に出た廃棄貴金属を持ってくる人等々。 要するに「都市鉱山」という言葉に似せていえば生活鉱山ともいうべき現実があるのである。 一日一日の金相場に関心がある訳ではないが、信頼できる近隣の宝飾店で不用の貴金属を売却したい人達がいる。ならば、それに応える「買取りビジネス」は邪道ではないだろうと今は考えている。当店ではK18とPT900の買取り価格を店頭でオープンにして、金プラチナ相場に日々連動させている。 そうすることで他の買取り店と価格比較が可能になり、消費者利益がいくらかでも守られるだろうと思われる。 既存の宝飾店がジュエリーという美しい物を販売する一方で、使い古しの貴金属を同時平行で買い取るというのは上水道と下水道を一緒くたにするがごとき観はあるから、「買取りビジネス」に参入することにためらう経営者はいるだろうし、現に参入していても疑間を感じている人も居るだろう。が視点を変えれば、いくらか手間暇はかかるとはいえ、人件費なり家賃があらたに発生するわけではない「買取り専門店」よりはるかに買取りの競争力がある。売りたいお客さんにも喜ばれる。 今の時代はエコやリサイクルという考えが浸透し、買ったものを只ためこんだり廃棄するのではなく、再利用したり換金してすこしでも物を無駄なく処理しようとする生活スタイルに変化している。その変化に対応した「買取りビジネス」は、長期的な視野に立って取り組んでいけば宝飾店の新しい利益の柱になると思われる。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
一般的な真珠のネックレスを人は一生のうちで何本買うだろうか。自分用に買い変えるなら、せいぜい2本くらいだろう。娘さんでもいれば嫁入り道具に買うこともあるだろうが、購人の機会がその程度であれば消費者にとって真珠の品質の善し悪しを見極める のは至難だろう。珠が丸いとか、傷がないとかといった目でみえることはともかく光沢とか仕上がり、巻きの薄い厚いなどは経験がものをいう世界である。 そこで分かりやすい説得の手段が「花珠」鑑別書である。「花珠」といえば消費者の認知度も高いから、それなら安心ということになろうが、その花珠鑑別書の信頼度がゆらいでいたら、、、、、。 ダイヤのマスターストーンのごとき客観的な基準が真珠の花珠にある訳ではない。Aの鑑別機関の花珠基準とBの鑑別機関のそれとはまったく別物である。個々の鑑別機関が自分なりの基準で「花珠」と呼ぶのである。すると「当方では偽物でなければ真珠はすべて“花珠”として鑑別書を作成しております」なんて極端な例もでてこな いとは限らない。 最近「超花珠」なんていう珍妙な呼称を目にしたが、疑似「花珠」が市場にあふれてくれば、そういう事も珍しく無くなるだろう。しかし事態を冷静に見据えれば、異様な光景であることは間違いない。厳密な定義は措くとしても、常識的には「花珠」といえば真珠のなかの最高品質のものを意味するし、その珠の集まりが「花珠ネックレス」である。では最高品質とは何かということになると解釈の余地はあろうが、少なくともシワやエクボやキズが 無いことぐらいは最低基準であろう。それは、素人の消費者感覚といっていいものである。その基準さえ満たさないネックレスが「花珠」ソーティングを付けて出回っているのが現実である。 消費者の「花珠」志向につけこんで、低品質のものまで「花珠」と鑑別するのはダイヤのカラーグレードかさ上げ間題の時と同様の構図が見えてくる。 真珠の卸は、疑似「花珠」でひと儲け、鑑別機関は「花珠」鑑定料でひと儲け、小売りも「このシワは天然の証明ですよ。今はこういうものを花珠と呼ぶんです」なんてセールストークでひと儲け。 「花珠」は業界にとって知名度のある貴重な商材である。業界全体で大事に、大事に育てていけば売り上げ、利益に貢献する大きな柱になるものである。 目先の利益にとらわれて金の卵を産むガチョウを殺してしまう愚を見ているのはしのび難い限りである。 (コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
真珠の花珠のネックレスが、ひところに比べて随分と安くなった。採れた真珠の中で花珠なるものの割合が飛躍的に多くなったのか、あるいは長引く消費不況の中で、価格自体を引き下げざるを得ないのか。需要と供給のアンバランスから生じたことなら納得もいくが、果たして本当のところは。 私「花珠が安くなったね」 卸の店主「いや〜前は花珠の鑑別を鑑別機関に持ち込むと、この珠とこの珠は、他の珠と差し替えてもらわないと花珠鑑別は出来ませんなんて事があったけど、最近はそんなことはありません。今の花珠ネックレスなんて普通より少し良い程度のものですよ」 私「此花珠の鑑別書、巻き厚の数値が書いてないけど」 卸の店員「いや、テリとかキズとか仕上げとかはクリアしていますから」 私「このネックレスに花珠のソーティングが付いているけど、ほらこの珠もこの珠もシワやエクボがあるよ。素人だってはっきりわかるよ」 卸の営業「でもこれってあの有名な鑑別機関のソーティングですよ」 卸の営業「8_で3万円切る花珠ネックレスありますけどどうですか。B鑑別付いていますから」 全て最近の私との実際のやり取りである。需給事情ではなく花珠なら売りやすいという売り手事情と鑑別機関の利益事情の暗黙の合意が、「花珠」なるものの価格を下げているとしか思えない。花珠ビジネスの不誠実さは、いずれ消費者からの手痛い反撃を受けるだろう。 でもこんなことを書くと小売店が自らの責任で「花珠」と勧められる商品を仕入れすればいいではないですか。鑑別書は業者間取引の目安になるものですよなんてお門違いの批判が出てくるかも知りませんけどね。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
最近目にした文章の中で印象的だった内容を2,3紹介してみたい。 悩める私のような経営者には、いささかメンタルサプリメントの効果を感じさせられたが故にである。 @ (企業の)衰退が始まってしまった時、どうすればいいのか。 答=まずは「残酷で困難な現実から目をそらさずに直視すること」が不可欠だ。無謀な事業拡大による損失、時代遅れになった自社技術、吐き気がするような財務諸表の数字、低下する社員の士気、自社をどんどん引き離していくライバル企業。こうした悪い情報を無視したり、小さく見せたり、ねじ曲げて解釈したりすると、衰退の勢いをさらに加速させてしまう。 そして、そんな厳しい時こそ、幹部や社員と十分な対話を重ねて行くべきだ。社内に、健全な激論ができる雰囲気を絶対に残すべきだ。それは経営トップの責任である。《日経ビジネス:10月4日号より抜粋》 A 今の時代は世界の先進国の中でも日本の消費の実態というものはアメリカ型でもなく、ヨーロッパ型でもない“日本独自”の新しい消費パターンを作っている。また同じデフレでも「昭和初期の農家でさえも明日食べる物がないという時代」のデフレ論理をかざし、対処論を語っても何の役にも立たない。 新聞、雑誌の記事は過去の時代の論理で書いているケースが多く見られる。今、物が売れないのは不況だから売れないというのではなく、物が充足していることと、もうひとつ「将来に対する不安」があるからなのだ。今の不況も、モノ不足の経済であれば割りと簡単に克服できるのでは無いだろうか。 モノ余りの時代だからデフレが続いている。不況だからデフレになっているのではないのです。 重要なのは「日本のお客様、自店の周りのお客様二一ズにどれだけ応えられているか」であり、それに応えられたお店が唯一の勝者であるということになる。《鈴木敏文氏の講演「デフレ経済下における企業経営」平成14年10月 中央大学祭友会会報より抜粋》 B「基本」は決して「初歩」と同じではない。もっと本質的なものだ。《阿部絋久・文章力の基本100題より抜粋》 内容について細かい説明やコメントはいらないだろう。Aの鈴木敏文氏とは、現7&iホールディング会長である。リーマンショック前の講演であるが、今でも十分通用する考え方といってよい。Bも短い文だが、奥の深い意味合いを含んでいる。@,A,Bをならべてみて視えてくることは、今の状況の中で生き残っていくには、残酵な現実を直視し、流布されている常識を疑い、基本にそって行動するということになろうか。(コスモ ループ代表 林田信久) |
|
|||
各県の協同組合上部団体としての全時連が解散して、個々の会社単位で参加するJOW.Japanが発足して約4か月がたった。中小零細小売店の全国的な組織であるこの組合が、会員全体の利益のために活動してくれれば、有り難い事である。いまは参加した店も参加を見送った店も、この組合が具体的にどんな活動をするのか、じっと見守っているところであろう。 そんな中、組合員限定の目覚し時計が発売になった。デザインも癖のないベーシックなもので5種類、小売価格も3,150円と適当である。細かいことであるがSEIKOの文字も刻印されている。この商品の掛け率が35%は、魅力的である。値引きをしたり、また目玉商品として使わないで極力利益を取って欲しいと商品案内にコメントしてあるが、その通りだと思う。 量販店の値引き攻勢に押され、時計は売っても儲からない商材になって久しいが、こういう企画がこれからも次々と出てくると小売店の経営にもいくらか明るさが見えてくるだろう。今流行りのPB商品の一種であるが、メーカーサイドを含め全体として成功して欲しい企画である。組合員もJOW,Japanに参加して良かったと実感できるのではないだろうか。 一方で「現状のままでは将来がない」、その強い危機感の下時計専門店の復権を旗印に掲げたJOW,Japanは、時計店経営を根本的に圧迫しているウオッチの流通問題(量販店の安売り、派遣店員の人件費を誰が負担しているか)などについてもキチンと向き合ってくれなければ困る。むしろこちらの方が復権のための優先順位としては先ではないかという考えもあるだろう。本質的な問題への取り組みなくして展望が開かれるとは思えない。 利益率の高いオリジナル商品開発は、メーカーの協力なくして成り立たないがそのことにとらわれすぎてJOW,Japanがメーカーに対してずけずけと物が言えないようであると、結果として時計専門店のさらなる衰退をもたらすのではないかと懸念している。(コスモ ループ代表 林田信久) |
|
|||
ダイヤ鑑定のかさ上げ問題は、どのような再発防止策が具体的に打ち出されるのだろうか。消費者庁が乗り出してきて抜本的な改革を進めるという訳でもなさそうだから、時間が経つにつれて関係者の熱も冷め、当たり障りのない改善宣言でお茶を濁すのではないかと懸念している。 お互い顔見知りのような狭い業界の中では、同情論のようなウェットな感情に引きずられ、本来最も考慮しなければならない消費者信頼の確保が二の次になる可能性が大である。そういう意味では宝飾業界の先行きを悲観的に見ているのだが、ただ今回の騒動の中で光明もあった。多くの志しある関係者が、この時計美術宝飾新聞(W&J)の呼びかけに応じて自分なりの意見を投稿したことである。 個々の意見には賛否はあるだろうが、ともかく一人一人が自分の意見を言うことがとても大切なのだと思う。業界の役職についている人たちのみで物事が進むのではなく、改革に関することは業界上げてまさに「万機公論に決すべき」であろう。 光明という点でもうひとつ指摘しておきたいのは、本紙W&Jがこのダイヤ鑑定かさ上げという業界の不祥事に対して投稿を呼びかけるというカタチで、紙面を割いたことである。黙していてもなんら問題になるわけでもないのに、あえて声なき声に場を開くということは、業界紙という正確を考えればなかなかの勇断であろう。事実の報道というスタンスを超えて、問題の本質へ迫らんとするあり様は評価されてしかるべきである。 W&Jには今後ともこの姿勢を貫いて欲しいが、同時に我々読者もどしどし投稿しよう。W&Jの紙面が業界世論になると、この宝飾業界も少しずつ変わっていくだろう。 書くのは面倒という人も居るだろうが、いいたいことだけ5行程度で書いて、ともかく投稿することをお奨めしたい。小さな声も集まれば無視できない力になって、山を動かすこともありえる話である。 後に続く人たちに、少しでも希望の持てる業界としてバトンを渡したいと思っている人は決して少なくないだろうから。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
自分の手足となってテキパキと仕事をこなしてくれる部下ほど頼もしい 戦力はない。「気の利いた事」と「余計な事」は紙一重だが、その辺の按配も心得ている。加えて正確な状況判断が出来、そんな人材がいればこの不況は乗り切れる。人の扱い・育成が実に困難な時代である。 その子の為と思って育てるつもりで強く叱れば「パワハラ上司」、コミュニケーションを計ろうと親しげに声をかければ「セクハラ上司」のレッテルを貼られ兼ねない。踏み込んだ人間関係を築けなければ、レベルの高い仕事は望むべくもなく、企業としての競争力も維持できないのだが、“人の和”こそ経営者を悩ます最大のテーマになっている。 一般論でいうと、団塊の世代と今の20歳代の人の組み合わせは最悪のミスマッチ。「なせばなる」の精神で金メダルを獲得した女子バレーの大松監督に感激し、小突かれても蹴飛ばされても食らい付いていく逞しさを身に付けた世代。働けば働いただけの収入があり、それゆえに強い上昇志向が日本全体を覆っていた時代の空気を十分過ぎるほど吸い込んだ世代。これが団塊の世代のありようなら今の若い人達はどうだろう。 一億総中流といわれた時代の中で生を受け、特段の不自由もなく、物はあふれ、少子化のなか真綿でくるまれるように育てられた世代。日本こそN01という論が語られ、努力してもしなくても取り敢えずの生活も、将来も、安泰という空気を吸い込んだ世代だ。 週刊現代にプロ野球二軍監督の嘆きが掲載されている。「このヘタクソ、おまえなんか止めちまえ」と指導者に言われたら、昔の選手は何クソと食らいついていった。今は違う。心を閉ざして言うことを聞かなくなる。次の日は練習に来なくなるんだから」と。 愛情を込めてだがミスを咎めてつい「このヘタクソ」と言ってしまう。「ヘタクソおじさん」から叱られ慣れていないから、すぐソッポを向く「横向き少年団」。この世代間の感性とその落差を埋めて、職場を活性化する処方箋を私は持ち合わせていない。 ただ「横向き少年団」の人達が、このコラムを読んでくれたら、「ヘタクソおじさん」はどの職場にいっても必ずいるし、かれらの叱咤には、それなりの意味があることを理解してほしい。また「ヘタクソおじさん」が、この拙い記事を読んでくれたら、若い人の心のネジを巻こうと思ったら、いくつものネジを持っていた方がいいと思う。私も「這ってでも出てこい」ぐらいは言ったほうだから、自戒を込めて自分が育てられたようなやり方では、今の人は育たない。そのことだけは理解して欲しい。 不況の中で目先の売上にとらわれて職場もギスギスしがちだが、きちんとコミュニケが取れた、働きやすい環境こそ競争力の最たるものだと思うが、 どうだろう。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
9月1日からJJF(ジャパンジュエリーフェア)が始まる。私のところにも招待状が送られてきているが、業界関係者のみが入場できるように書かれている。ただこの業界関係者の中に宝飾業界に「これから携わる予定の方」も含まれているから、少々悪意に解釈すれば誰でも入れることになる。「これから携わる予定」をどう証明させるのだろうか。 JJAも主催者責任として中小小売店の全体の利益と宝飾業界の取引秩序を守る観点から、入場者資格について事前説明が必要ではあるまいか。やっとの思いで高額ジュエリーを売ったら、JJFで安く買われてキャンセル、販売した卸の出店者が儲かったなんていう事例が出ないようにしてもらいたい。 また今年のIJTのように初日からどう考えても観光客にしか見受けられないアジア系外国人が大勢入場していたが、今回はその点について規制がなされているのか。「これから携わる予定」なるものを言い訳にして、事実上の素人フリーパスでは、結局泣くのは中小零細小売店である。 誤解されては困るのだが、卸やメーカーが小売りをすることを問題視しているのではない。小売りは小売りを、卸は卸の境界を守るべきなどは時代錯誤の寝言でしかない。卸も小売りをやってみればいいし、その際卸の価格で小売りしても一向に差し支えない。なぜなら卸の粗利益率では小売りの経営は成り立たないはずだから。 してもらって困るのは、業者間の取引現場に一般人が混ざり、卸の価格で一般人が購入することである。こうなると業界の取引秩序が崩れてしまう。この一線を守る事が業界人のモラルであるとともに、守らせることがジュエリー協会の使命であろう。この点についての考え方があやふやだと、展示会企画会社の利益優先からどんどんと一般人が入り込んでくるだろう。 視点を変えて出展者の立場からすれば、売れるに越したことはないからあまり窮屈に規制などして欲しくないだろう。「高い出展料を払っているんだ。うるさいこと言うな」、「三日間程度のことだ。たいした影響はない。一般人に売ってどこが悪い」なんて居直る卸商も結構いるだろう。 JJAの会員やひょとしたら役員の会社も出展者に名を連ねているだろうが、そういう利害を考慮して入場者資格に厳密な運用をしないようであればJJAは、メーカー、卸商のためだけの利益団体になってしまう。 今回のJJFが、いかなる展開になるか、主催者でもある日本ジュエリー協会の指導力と問題意識が問われる三日間である。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
イチローの一言 イチローが大リーグで売り出し中の頃のことだが、メディアから「あなたのような細身の体格のものが、大リーグの大男達と伍していくのはとても大変ではないか。大きなハンディを負っているのではないか」という趣旨の質問をたびたび受けていた。 「野球というスポーツは格闘技ではないから、要求される身体能力というものは、機敏性とか柔軟性であってパワーそのものではない。メジャーの大男こそかえってこの野球というスポーツに不向きではないのか」 このイチローの答えは、実に印象的であった。まだまだ日本人大リーガーが珍しかった当時、確かに私たちも身体的コンプレックスを感じていたし、これから太平洋を渡ろうと思っていた選手も同じように不安を感じていただろう。 イチローの一言は、決して負け惜しみではなく野球というボールゲームの核心をついたものであった。コンプレックスも不安も見事に一掃された。 彼の活躍もあってだろうが、冒頭のような質問はその後ピタリと無くなった。 こんな話をしたのは、宝飾店なるものも規模の大きさや店舗数の多さを目指すものではなく本当は店主の美意識こそが肝要で、そこにこだわることこそが、本来の宝飾店のありようではないかと考えるからである。またそういう考えで店を運営していくことが中小零細な小売店が生き残っていく指針だろうし、案外イチローのように時代を切り開けるかもしれない。 美術商や骨董屋のような一店一店個性が光る品揃え、面白そうではありませんか。では頑張っている意欲があるお店の皆さん“書中お見舞い申し上げます”(コスモ ループ代表:林田信久)。 |
|
|||
ゲルマニウムは健康に効果が無いのか ゲルマニウムブームが一段落した後も、ゲルマニウム関連のジュエリーはコンスタントに売れていた。私の店のパートさんは今でもゲルマのブレスを離さないでいる。肩こりが随分と楽になるというし、実際そういうお客さんの声を何回も聞いたから、ゲルマが身体に何らかの作用しているのは確かだろう。 このゲルマの販売に水を差したのが、昨年6月の国民センターの新聞発表であった。センターのホームページからその趣旨を引用してみる。 ゲルマニウムの商品について「健康に対する何らかの効果を示す旨の表示がみられたが独立行政法人科学技術振興機構の科学技術文献データーベースで検索したところ科学的根拠を示す文献は確認できなかった」とある。 まどろっこしい表現である。さらっと読むとゲルマニウムには、健康に効くという科学的根拠がないと誤解してしまう。そうではない。上述のゲルマニウムに関するデーターは約2,400件、しかしその中にゲルマニュームが体にどの様な作用を及ぼすかというテーマの文献は0件である。要するにそういう研究自体がが無いのである。これは国民生活センターに問い合わせて分かったことである。「科学的根拠を示す文献がない」ということと「科学的根拠がない」ということはまったく別のことである。 ゲルマニウムには、まだ分からないことが多分にあるということだから、打ち出し方を工夫すればまだまだ魅力的な商材だろうと思うし、自店のパートさんのように健康の一助になって喜ばれることもあろう。 JJAの倫理ガイドラインに「宝石やジュエリーが、科学的根拠がないのに健康に良いなどと言って販売しないこと」というのがあるが、ゲルマニウムについて言えば現実に肩こりなど効く人はいるが、なぜ効くのか、その科学的根拠、メカニズムは解明されていないというのが、正しい言い回しである。健康志向の今、ゲルマニウムに大いに活躍してもらおう(コスモ ループ代表 林田信久)。 |
|
|||
「ジュエリー小売り協会」があったなら 小規模な宝飾小売店の悩みだったり不満だったり疑問だったりをキチンと受け止めて、業界全体へ発信できたらこの業界も根っこのところで活性化すると思う。 昨年のことだが、消費者が甲府の展示会でジュエリーを安く手に入れたために小売店の予約品がキャンセルになりひと騒動起こった。全時連と甲府の卸組合で話し合いがもたれたが、事態は特別変わってない。 今の展示会は、卸が直接消費者に販売してしまうことが行なわれているが、打ったもの勝ちで中小の小売店は黙って見ているだけである。そういうことは止めて欲しいと申し入れる団体がない。 東京ビッグサイトの国債宝飾展にしても、神戸の国際宝飾展にしても中国人の観光客と思われる人達が多数入場している。どの様に身分審査をしているのか不明だが、この不況下で出展者に便宜を図って売上げの上乗せを援助しているのだろう。出展している卸商にとっては、プラスの話だが、小売店の側からするとおかしな話で不満がたまる。 こんな時「小売り協会」があったならば主催者に対して実態がどうなのか、小売店の利益を守る立場から問いただすことが出来る。甲府の展示会も最終日にはエンドユーザーを対象にするのだが卸価格で売ってしまっているのか、一応の小売価格で売っているのか「小売り協会」なら監視の人員を派遣して不当な販売をした業者を公表することも出来る。 今回のダイヤ鑑定問題も、全宝協が鑑別の団体を自主退会しても余波は簡単意は収まらない。小売店が受ける様々なコストは泣き寝入りするしかないのか、そういうことの交渉ごとも「小売り協会」なら出来るのではないだろうか。 インターネットによるジュエリーの販売に関心を持って入るが、どうやればいいのか、基本だけでも信頼できる人に教えてもらいたいと考えている小売店に対し、「小売り協会」がサポートするという展開もある。 「日本ジュエリー協会」は、約900社の小売店の会員数は約230社で、残りはメーカーと卸問屋なのだから、小売りの利益を優先した活動は無理がある。メーカー、卸と小売りは必ずしも利益が一致しない。仕入れ展示会に見られるように相反することが多い。「小売り協会」の設立は、次代の要請になりつつあると思う。(コスモ ループ代表 林田信久) |
|
|||
目の前の消費者の変化に着いていくことこそ小売業の基本である 小売業界の主な業態では「定休日」がなくなってしまった。コンビニ、総合スパーはもとより百貨店、大手専門店も休めなくなった。東京駅の大丸、銀座三越、文具の専門店銀座伊東屋、それぞれに聞いてみると休みは正月元旦のみであるという答えが返ってきた。 まさに生き残りをかけた生存競争の中では、消費者の利便性を最優先にしなければならないことの証左だろう。「眠らぬ街」ならぬ「休まぬ街」が現在のスタンダードだ。何時行ってもお店が開いている。そのことが消費者に安心感を与えているのだろうが、営業する側からすると、しんどい時代に違いない。 そんな中特異な老舗がある。東京・銀座4丁目に店を構える服部セイコーの「和光」である。日曜、祝日が定休日だという。「和光」を尋ねて聞いたことだが、私の感覚では理解を超えることなので聞き違いではないかと思い、後日改めて電話で確認したがその通りであった。(2010年5月20日現在)東京・銀座の商圏は、日本国内ばかりか世界に広がり、日曜・祭日の賑わいはいかばかりか想像に難くない。何故「和光」は、日本、世界のお客さんに背を向けて販売機会をみすみす逃してしまうのだろうか。小売業としては失格である。 先日「和光」が債務超過に陥っており、経営幹部が解任されたことが報道されたが、決して人ごとではない。「和光」の事例から私たちが学ばねばならないのは、変化を好まず目の前のお客さんに物を売るという当たり前の努力を怠り、まさに唯我独尊、老舗の看板だけで商売をしようとすれば行き着く先は皆同じであるということ。ひとつの時代の変化が激しい今、幹部の判断一つで企業は、急速にその生命力を失っていくことがあり得るということである。 目の前の消費者をよく観察し、その変化に着いていくという事は、幹部も従業員も自らの成功体験を捨て、未知の世界へ進むという意識の変化を伴うもので、並大抵の努力ではないのであるが、それこそが今の小売業の基本である。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
小売の現場から生の情報を吸い上げて物づくりに生かす 生き残りをかけて必死なのは小売店ばかりでなく卸商も一緒。いや卸商のほうが次々と新製品を作らざるを得ない分だけ深刻だろう。当店に来る卸商も“売れない売れない”の嘆き節だが、小売店から見ると、ちょっと待ってと言いたい面もある。 ある小売店から聞いた話だが、今年の3月ごろ消費者からK18のサファイヤのペンダント(小売価格5万円程度)を探してくれるよう頼まれたのだが、取引先のどこも持ち合わせていなかったので、東京の御徒町で探してみた。持っていそうな店をしらみつぶしにあたって見たが、一昔前のまさに売れ残りそのもののようなペンダントが一点見つかっただけ。WG系のサファイヤなら簡単に手に入るが、お客さんが持っているのはゴールドチェーンなのだから如何ともしがたい。 そこでこの小売店の店主は、取引先以外の甲府の卸商なら見つかるかもしれないと考え、4月の甲府ジュエリーフェアに出かけて行ったのだが、結果は見事にはずれ。甲府の主だった卸商の集まりでさえゴールドサファイヤ・ペンダントは作られることも無く、在庫としても無かったという次第。WG仕様のものをK18に変えて新規作りをしてくれる卸商が見つかったので何とかお客さんに納めたものの、掛け合ってから2ヶ月「やっとの思いでした」とボヤいていた。ありふれたように見える商品も探すには以外に苦労する経験は、オパールでしている。 ここ数年卸商の品揃えが似たり寄ったりで面白みに欠けていると感じている小売店は多いのではあるまいか。不良在庫を持たないように売れ筋を追いかける安全運転の心理は良く分かるが、それではとどのつまり価格競争になってしまうだろうし、小売店の側だって望んでいるわけではない。宝飾品低迷の遠因は、こんなところにもありそうだ。小売の現場から生の情報を吸い上げて物づくりに生かすという基本を徹底しないと多様にして奥の深い消費者の要求とますます離れていくだろう。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
消費者は明日もまた新しい刺激を求めている 価格訴求というのは、案外効果があるものだ。そこで価格訴求型の仕掛けについて考えてみよう。「00円均一」、「00円OFF」などが代表例だが、その際赤札一本値にするのか、それとも元値黒札と割引価格の赤札の二重プライスにするのか、正札自体もその仕掛ける商品を変えてみるのかをハッキリしなくてはならない。更に安くする名目はどうするのか、POPはどうゆうものを使用するのか、商品の演出はどうしたら効果的か、リボンを使った仕掛けを強調するならどの色のリボンがいいか、ディスプレーも普段使いのものと変えてみるかなど考えなければならないことがいくつもある。ただ「均一セール」といってもどういうくくりで商品を展開するか、リングだけなのか、それともネックレスも混ぜたほうがいいのかいろんな展開があるはずだ。 価格訴求だけに頼ってはいけない ただ肝心なことは、そうやって作った仕掛けが消費者に受け入れられるかどうかである。反応が芳しくなければ速やかに修正して改めて反応を見なくてはならない。仕掛けの位置を変えてみる、商品の内容を変えてみる、演出を変えてみる、“このことの繰り返しこそがお客さんの物を買う心に近づいていく最大の近道だ”と前号で書いたが、仕掛け作りも真剣に取り組まなければ見向きもされない。 プライスに「お買い得品」と判子ひとつ押しても仕掛けには違いないが、雑な感じが伝わってしまえば、かえって逆効果で他の商品まで売れなくなってしまう。 売り手の側は、今日のままの売り場で明日も売りたいと思うが、お客さんは明日もまた新しい刺激を求めているのである。(コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
「売り場を変えよう」A 「基本の徹底」というのは、まどろっこしいものである。それよりも手っ取り早く売上げを上げる方策はないのか、誰だって考える。 チラシを打つのも催事を開催するのも、たしかに有効な処方箋ではあるが限界もある。経費の増加、粗利額/率の低下、新鮮味を欠く企画、無理を承知の集客、予期したほどの成果はなく、振り出しに戻って「手っ取り早い」方策を考える。堂々巡りの袋小路のシナリオだが、ありえるシナリオである。 まずは売り場が基本。魅力ある売り場作りにエネルギーを注いでみてはどうだろう。 緊張感のある売り場に 売り場にお客さんの購買意欲をくすぐる仕掛けを作ってみよう。「お買い得品」、「〇〇円均一」、「値下げ処分」など価格訴求型、就職祝いに、ホワイトディに、20歳の記念などのギフト提案型、更に「今月のお奨め」「当店一押しジュエリー」「今人気上昇中」など自店メッセージ型を組み合わせて店の所々に配置するとメリハリの利いた売り場に変わっていく。 修理品を取りにきたお客さん、何気なく立ち寄ったお客さんなど、そういう人に無理なく気を引いて立ち止まらせ、ケースの中を覗き込ませる。それはお客さんの心を売り場に深く引き込むことを意図している。 売り場でジュエリーを売るというスタンスで望めば基本的な作業だが、格別難しいことでもなく、コストもかからない。ただこの不況の中真剣に取り組まないと見向きもされない。 〇〇円均一も効果が無いようならすぐに内容を変えてみる、あるいは位置を変えてみる、そういうきめ細かい対応で「今」のお客さんにとっての魅力的な売り場作りが作られていく。 ただ肝心なことは、今日魅力的な売り場も、明日にはそうでなくなっているかもしれないという危機意識を常に持っていなくてはならない。するといつも売り場に神経が行き届き、緊張感のある売り場になっていく。 考え抜かれた売り場は、小さい会社の大きな武器である。地域一番店の売り場を目指してみてはどうだろう。必ずや集客につながるはずである。 (コスモ ループ代表:林田信久) |
|
|||
小売商の原点に立ち返って「基本の徹底」という視点から 宝飾業界は長く重苦しい不況の中、相変わらず視界不良である。廃業・転業を考えている経営者も少なくないと思う。コンサルタント、評論家、勝ち組といわれる人が語る現状打破の提言も、なかなか踏み切れるものではあるまい。それよりもまず小売商の原点に立ち返って「基本の徹底」という視点からの提言があってもいいのではあるまいか。そういう問題意識のもと自店で試みた中から、いくらかでも成果があったことをベースにして提言してまとめてみた。小売業界の活性化にお役に立てば幸いである。 《売り場を変えてみよう》その1 パールのコーナーとダイヤのコーナーを交換してみる。死角になっているコーナーの商品を全面に出してみるのも手である。プチネックレスのコーナーはそのままにして、その中の商品の位置を変えてみる。ピアスを通路側のケースに移動してみる。あるいはケースの上に均一のPOPをつけて展示してみる。何でもいい、ともかく売り場を毎日変えてみる。そこから新しい発見があるかもしれない。照明が違うから、ジュエリーの別の面が強調される。「そういえばこの商品、この色が気に入って仕入れたんだよなー、ここへ置くと生きてくるなー」なんてことがあるだろう。前面に出したら18Kのくすみがハッキリしてくることもある。洗浄して輝きが戻れば、商品の鮮度が保て、少しずつ売り場が綺麗になっていくだろう。更にピアスのキャッチの緩みが分かることもある。 通りすがりのお客さんに「おや、お店が変わったね」と思ってもらえば、足を止めるだろう。少しはお客さんが増えるのではなかろうか。 売り場を考えよう 宝飾品が売れないのは“不況”のせいであるが、それが総べてではない。売り場の展開、接客、顧客管理、販売促進、それぞれの項目で基本がおろそかになっていないか、あるいはお客さんの変化に対応できていないかを考えてみる価値はある。 長期の売上げ低迷のなかで、無気力になりがちだし、不況がすべてと考えがちだが、冷静に自店の問題点を洗い出し基本に戻る姿勢こそ、大いなる出発点になりはしまいか。 店自体の色調を季節に併せて変えてみよう。クリスマスでは赤、新年から桜が満開になる頃までは薄いピンク、次に黄色か緑にして6月が近ずく頃にはブルーに、秋口にはブラウン、そして11月の初めには、またクリスマスカラーに変化させていく。正に基本的なことだが、お客さんが違和感なく、買い物が出来るムードと共に、常に売り場に新鮮さを保つ心理的効果を狙っている。 使用する素材は、生地屋、文具屋、画材屋さんなどで自店にあったものを探せば良い。 私の経験では、20坪の店で1,000円程度、半日ぐらいの作業である。和紙や折り紙などを組み合わせると季節感のある綺麗な売り場に変身する。これらのことがすぐに売上げに寄与することは多くないと思うが、売り場作りの原点に立ち返ることで展示してある商品の魅力も引き出され、結果として売り上げ増につながる回路を構築できるのではないか。 店はそこにあるだけで、何らかのメッセージを発している。ある意味で恐いことである。店全体の印象が変わり続けていけば、その「熱意」は必ず伝わるものである。「面白そうな店だね。ちょっとのぞいてみようか」と思われればシメたものである。 (コスモ ループ代表・林田信久) |
|
|||
「普段は巣ごもり、出る時は出る」 数年前からどうもアウトドア派が増殖中のようです。アウトドアと言うとなんとなくストイックでファッションとは無縁と思われそうですが、最近の若者の間ではそんなイメージは薄れているよう。今迄とは違う視点で新しいムーブメントとなりつつあります。都心で夜遊びよりも、もっとリラクシングな事をしたい。この不況も手伝って、バブル臭のするものに対し「そういう時代じゃない」という意識の現れでしょうか。最近の若者向け雑誌もアウトドア指南の特集を組んだり、パワースポットや海に山に脱出する20〜30代女性達も誌面に登場しています。普段は「巣ごもり」傾向でも、気分転換にはインドアからアウトドアへ。そんなダブルスタンダードなライフスタイルがにわかに人気なのです。 昨今のアロマテラピーや岩盤浴等のヒーリング&デトックスブームは健康美容に直結、インドアでした。それに飽き足らなくなると、今度は外に外にと積極的に自分を癒す場所を求めて行くように。最近ではパワースポット、ヒーリングスポットというのが話題になっています。国内の「ここに行くとパワーが貰える、癒される」という場所が数多く紹介され、代表格は富士山や屋久島、伊勢神宮、出雲大社といったところでしょうか。 事実ここ数年の富士登山ブームは広がりを見せているらしく、環境庁によると2008年の登山者数は前年比7万人増で30万人を超すという過去最多記録、今年は更に増加するという噂。また各地の「神社仏閣巡り」というとこれまで中高年の持ち株という感じでしたが、最近は若い女性にも静かなブームが来ているのです。若い女性向け一般誌にも旅案内として神社仏閣が多数掲載されているのを良く目にします。私の友人も伊勢神宮に日帰りでお祓いに行って来たそうですし、別の友人も仏像彫刻教室に通い出したら「クラスには若い女性ばかり」だとか。 また、数年前から女性の間でランニングがブームとなっているのはもうご存知だと思います。ランニングスカート等お洒落で機能的なウエアも発売されたり、携帯電話やデジタル音楽プレイヤーでランニング記録機能が付いているものも登場、連動して話題に。有名モデルが美容の為に取り入れたりしている事をキッカケに、これまでスポーツに無縁だった女性も関心を持つようになったのでは。ヨガやエクササイズといったインドアだけでなく、実際に外に出て積極的に身体を動かす方面にシフトする女性も増えているのです。私の周囲のアラサー女子でもランニングやゴルフの他にカヌー、トレッキング、ダイビング、乗馬といった事に挑戦したという話をちらほら聞いています。 それと同時に、近年の「フェス」ブームも若者を中心にアウトドア嗜好を促進。野外フェス、夏フェスとは主に夏期の間各地の広大なキャンプ場・スキー場・スタジアム等で開かれる野外コンサートフェスティバルの事で、ジャンルを超えて何組ものアーティストが午前中から深夜まで多数出演します。通常数日間に渡って開催される為、会場が山奥の場合、来場者は必然的にキャンプをする事に。元を辿ればウッドストックのような感じ、と言えばピンと来る方も。海外ではケイト=モス等有名セレブがお忍びでフェスに来場している姿がパパラッチされ、彼女達のフェスファッションが話題に。最近では、女性ファッション誌でアウトドアブランドをお洒落に取り入れたフェスファッションの記事やスナップが掲載される事が当たり前になりました。音楽やファッションに敏感だったエッジィな層だけでなく単にミーハーな層までもが、フェスをきっかけにアウトドア方面に興味を持つようになったという仕組みです。 かく言う私も、30代に入ってから意識に変化が。それまでアウトドアの「ア」の字も無かった私が、最近は青い海や四季折々の山の自然と一体化する感覚を楽しんでいます。数年前久米島で素潜りをした事をキッカケに目覚め、まさか今更自分がとは思いつつ、スノーボードも本気で始めました。去年はフジロック等のフェスに参加しましたし、ここ最近夏の間は毎月キャンプをしたりするのが恒例に。前だったらクーペなんか良いなぁと思っていましたが、選んだ車も4WDワゴンでした。 20代の頃は時代的にも世代的にもちょっとギラギラしたものが格好良く感じていたし、お洒落エリアに繰出すのが楽しいと感じていました。確かに最先端の流行やモードも好きですし、勿論今でも伊勢丹やルミネを徘徊する自分がいたりします。しかし都会に溢れる「人工物」では決して得られない、それを超越した刺激と精神的満足感が「自然」の中にあるという事にも気付いてしまったのです。今迄とは違う方向からのイスピレーションを受け、もしかしたら私のクリエイティビティも変化して行くのかもしれません。いずれにせよ「街の外」という非日常で自分をリストアし、また新しい自分に出会って行く。私だけでなく、今多くの人達が求めているのはそういう方向性なのだろうと思います。 (ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
「ジュエリーと食品偽装問題」 1月は恒例の国際宝飾展がありました。1年が経つのは早いものだと思いながら今年も足を運んでみました。そこで今回ちょっとした偶然から、業界の皆様で考えて頂きたい「信頼」にかかわる出来事に遭遇したのです。 とある完成品ばかりを扱う国内業者のブースをブラブラと眺めていた時の事です。雑多に並べられたペンダントヘッドの中に、なんとも見覚えのあるデザインが紛れているではありませんか。ユニークなドーム型のフォルムにカボッションのルビーが印象的。デザイナーの母と共にその場に居たのですが「これって、もしかして…」 と指差して母に伝えると「嘘、これ、私のデザインだわ!」と小声で返して来たのです。 最初はデザインを真似されたのかと思ったのですが、手に取って見るとそれはまさしく我がアトリエで制作され、販売された作品そのものだとすぐに分かりました。しかし、裏側を全体的に削ってオリジナル刻印が消されているではありませんか。母と私は顔を見合わせて黙り込むと、同ブース内のリングコーナー等も隅々迄見る事 にしました。すると、母が声を押し殺しつつ「これも!」と手に取ったのがイエローゴールドとサファイアのリング。確かにそれも以前当アトリエで制作販売したモデルでしたが、やはりオリジナル刻印は削除済み。 「matsuzaki」の作品は自社アトリエで制作するのでモデルごとの生産数もあまり多くなく、それぞれに思い入れが深いのです。デザイン制作表や販売記録も残っているので早速調べてみました。ペンダントは平成12年、リングの方は詳細が不明でしたが恐らく平成10年前後に、どちらも展示会でお客様にご購入頂いたものでし た。後に諸事情で質屋さんやジュエリー買取り店で手放されたのでしょう。 以前我がアトリエでもデザインをコピーされたりする事が何度かありその都度対処して来たのですが、今回はちょっと事情が複雑です。これはコピーではなく「本物のmatsuzaki製品の中古」であり、そのオリジナル刻印を消してなんとなく「ノンブランドの新品」のように販売されているのです。よく見るとその業者の在庫はほとんど が一点もの。扱う製品のコンセプトに一貫性はまるでなく、ちぐはぐな寄せ集め状態なのです。もしやほとんどの商品が中古なのかも?と疑問視しても「アナタって疑り深いねぇ」とは責められない気がしました。それを「中古新品仕上済み」とも記さずに販売しているので、買手側は何も知らずに新品のつもりで購入してしまいますよね。 それって、本当はマズいんじゃないでしょうか?質屋さんなど、他の二次流通業者がそうであるように、中古なら中古ときちんと明記して新品とは区別すべきなのでは。確かに、それを買って行く人には本当の事はバレないと思います。でも「バレないからそれで良い」「誰も分かりゃしない」本当にそれで良いのでしょうか?ここ最近 多くの食品偽装問題が騒がれましたが、置き換えてみれば同じ事なんじゃないかと思うのです。賞味期限切れでも、まだまだ平気だからと言って新しいシールに張り替えて出荷する。一度他人に振舞われた刺身が箸をつけてない状態だからと言って使い回す。我々はそれに対して怒りと不信感を覚えたはず。ならば他人のふり見て我が ふり直せでは?食品偽装と違ってジュエリーは消費者の健康に関わる事では無いかもしれません。でも「売れれば何でも良い」「儲かりゃそれで良い」という彼等のイージーな考え方に同調すれば、いつか同じ様に足元を救われるのではないかと思います。 違法性の有無はここで語りはしませんが、まずはモラルの在り方や体質の問題ではないかと。確かに宝飾品の多くは磨いてしまえば物理的に新品同様になってしまいます。しかしそれに甘んじてこういう手法を取る者がいる限り、我々ジュエリー業界に対する消費者からの信頼は得られないのではないでしょうか?信頼は積み重ねて 行くものです。でも、ほんのちょっとした事で「信頼」はいとも簡単に崩れてしまうものです。 それにしても、あれだけの広い会場の中でこんな事に遭遇するとはもの凄い偶然です。色んな意味で驚きを隠せないまま、いかんともしがたい思いで会場を後にするデザイナー母娘でした。これもお天道様からのメッセージかなぁ、なんて思いつつ今回の記事にさせて頂きました。 (ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
「ニューヨークもNo Middle」By 松崎マナ 夏の観光シーズン、かんかん照りのニューヨークはマンハッタンを旅して来ました。旅と言っても留学時代のようにお気楽モード。ブラブラと街を散策しつつお気に入りのスポットやレストランを巡るという感じでした。ただ今回はセール時期に重なり、気温と供にお買い物熱も上昇でしたが…。 主立った観光イベントは「ワールド シリーズのパレードでイチローをパパラッチ」「恒例ニューヨーク交響楽団のセントラルパーク野外コンサートを聞いて花火を堪能」「炎天下のブライアントパークでブロードウェイミュージカル・ハイライトコンサートを聞く(半ば熱射病との闘い!)」「木曜日の夜にニューミュージアムに行き現代アートの不思議な空間に浸る 」という呑気な日程。パレードは勿論ですが、コンサートもミュージアムもどれも無料でしたので、こういう類いの文化活動が気軽に楽しめる環境って良いものだと改めて思いました。 今回はまともな旅行記でもと考えましたが、やはり得意の「買い物目線」で物申したいと思います。 馴染みの土地も気付くと微妙に様変わりをしていました。今回改めて目についたのは、低価格のファッションチェーンやアウトレット店が勢力を増してきた事です。SOHOに出来たユニクロも健闘しているようですが、東京の原宿に上陸目前のH&Mの台頭は特に目立ちました。H&MはGAPやユニクロよりもファッション性、トレ ンド性に富んだ幅広い品揃えで、以前から人種や年齢に関係なくニューヨーカーに大人気でした。店舗数は私が住んでいた頃(4年前)の倍くらいになったのではないでしょうか。街を歩いていると「あれ!ここにも出来てる」という事がしばしば。日本未上陸ながらファンの多いカジュアル衣料のアバクロンビー&フィッチも5番 街の一等地にクラブノリのファンクな店を進出、観光客が入り口に行列をなす勢い。また、ニューヨークには街中にアウトレットが点在しているのですが、ユニオンスクエアの新しいビルには圧巻の品揃えを誇る靴とアパレルのアウトレットが出店しており大人気。安価でファッション性の高い商品が街中どこでも気軽に手に入ると いうのは、消費者にとっては本当に嬉しいばかり。でも、そのしわ寄せがそれ以外のお店に及んでいる感じがしました。 私が昔住んでいた近所に、お気に入りの靴屋さんがありました。そこはプラダスポーツやミュウミュウ、シガーソンモリソン等のデザイナーものが豊富にありました。価格帯も300ドル台が中心だったのですが、今回覗いてみるとそういった商品は姿を消してどれも100ドル以下の安価な靴ばかりになっていたのです。それだけ 「そこそこの値段帯」が売れなくなったのでしょう。観光シーズンとセール期間が重なって街中が盛況な雰囲気なのですが、よく見ると混雑しているのは低価格帯のチェーン店やセール中の店ばかり。高級店でも大胆に60%OFFになるのがアメリカ流なので、セールセクションだけは熱気が満ちています。でも通常の売り場はなんだか 閑散、或はひやかし視線の観光客がちらほら。またニューヨーク州税法が変わって、今現在110ドル以下の衣料品や靴は約8.4%の消費税が免税になっている事も低価格帯商品の売り上げに拍車をかけているのかもしれません。全体的に中途半端な価格帯の物や店は敬遠されている感じが一層濃厚な気がしました。 一緒に旅をした友達も大のニューヨーク好きで、渡航回数は十数回。住んでいた私よりも色々詳しかったりする彼女が、5番街のデパートを物色していた時こう呟きました。「今回は来た時期も良かったのかもしれないけど、なんだか今までのセールよりも(残り物が)豊富な気がする。」確かに言われてみると、そう!セールの棚 にも人気なはずのブランドやスタイルが豊富で、サイズも意外に揃っているではありませんか。私達にとっては嬉しい限りではありましたが、やはり「そこそこの値段帯」となると以前のようには売れない不景気な時代なんだなぁと実感しました。去年香港のジュエリーショーでF.I.T.時代のアメリカ人のクラスメイトに会った時、 彼も「アメリカも日本と同じでNo Middle(中間が無い)」と言っていました。いつの世もお金持ちはお金持ちで居るのだけど、中流階級が崩壊して買い渋り、低価格帯に流れて行く。まさにNo Middleな空気を肌で感じた滞在でした。 (ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
「フリフリカワイイは自己解放?」By 松崎マナ 最近の若い女の子のファッションはなんだかカワイイ系が目立ちます。数年前からフェミニンなディテールやアイテムは多かったのですが、今年の春から夏にかけてカワイイが加速。通り越して甘ったるくて「幼稚」にも思えるような方向性が目立つような気がします。 例えば、本来スポーティーなはずのパーカーやショートパンツにもやたらとフリフリやリボン、レースが付いていたり。キュートな小花柄、ハートや星形のプリント、懐かしの「スマイル君」も大人気。このように80年代にもてはやされた「ポップでフリフリな感じ」がリバイバルで今の気分なのでしょうか。同時に、女の子の大好きな「スイーツ」をモチーフにしたパステルカラーのアイテムも花盛り。Q-pot.というアクセサリーブランドが人気で、マカロンやチョコの実物大食品サンプルにラインストーンやリボンを付けたものがそのまんまペンダントやリングになっているものがヒット商品に。また、キティちゃん等のサンリオキャラクターも様々なコラボレーションをして安定した人気を得ています。こういった幼い可愛らしさを押し出したデザインが成人女性の心を掴む現象は興味深いものです。これも私達が辿って来た時代背景の影響ではないかと考えてみました。 誰でも幼い頃に夢中になったアニメやアイドルには影響されるもの。私達アラサー(30歳前後)世代は、聖子ちゃんが一世を風靡した80年代を記憶。アイドル達は皆制服の様にミニスカートでフリフリの大げさな衣装を纏ったものです。それと同時に「ミンキー・モモ」「クリィミー・マミ」といった「魔法少女系」のアニメも鮮烈な思い出に。少女が魔法でアイドル等の憧れの職業に変身して活躍、みんなに愛されるというお話です。当時の女の子はファッションやメディアを通して「愛されブリッ子」願望を肯定されていたのです。そう、女の子はキャピキャピ・フリフリして愛されるべき存在だと。 しかしアラサー世代がティーンになった頃には、フリフリした可愛さに陰りが。サンリオ等のいわゆる「ファンシーグッズ」はだんだんとタブーに。アメカジと呼ばれるスポーティールックがガーリーで甘ったるいものを一掃し始めます。90年代半ばになるとファッションもデザイン的にもシルエット的にも大人っぽくシンプル化を辿ります。アニエス・ベーのフレンチシック、また、雅子様ブームのせいもあってコンサバ系ファッションが主流に。プラダやジルサンダーのミニマルなデザインも台頭。そうやってファンシー系の装飾過剰なフリフリカワイイは受難の時代を迎えました。 一方、今現在の二十歳を中心とする若い女の子達はまさに「セーラームーン」世代。「美少女戦士もの」という新しいジャンルを築いた大ヒットアニメです。それまでの「魔法少女系」との大きな違いは、主人公の少女が魔法で戦士に変身して悪と闘い世界を守るという壮大な設定です。それに熱中した彼女達は「女の子だって闘うんだ!そういうのがカッコイイんだ!」という摺り込みを受けたはずです。そして彼女達世代のアイドルと言えば安室ちゃんやSPEED。決して昔のアイドルのようにフリフリなんて着ない、クールで媚びない個性的なダンサー系のアイドル達からファッションのヒントを得ていたはずです。女子高生ブームも去り、彼女達の世代には以前のようなスポットライトは当たりませんでした。相対的に自立して媚びない女性が増殖し始めた時代、彼女達は女の子だったら誰もが自然に抱く「愛されブリッ子」願望と相容れないサッパリとした空気の中で少女期を過ごして来た事でしょう。 そういったフリフリカワイイを知らず、むしろ否定された時代の中育った彼女達。本能的に持つ「フリフリしたお姫様」願望が抑圧され、くすぶっていたのかもしれません。そしていざ大人になってみると不景気で見通しの暗い社会となっていました。そんな時代に敢えて「セーラームーン」みたいに頑張って闘うよりも、やっぱり女の子なんだから可愛くして誰かに愛され保護されて居る方が賢いと悟ったのでしょうか。ここ数年若い女性誌でやたらと「モテ系」「愛され系」という言葉が飛び交っていたのもそのせいで、大きくなってからやっと素直に「私達もお姫様になりたい!」と自らを解き放てたのかもしれません。 今の若い女の子の憧れの職業の上位に「キャバクラ嬢」が入っているそうです。それもきっと、フリフリしたドレスを着てお姫様みたいにきらびやかで、男性からアイドルのようにちやほやされたいという願望の現れなのでは。今は何でも「二極化」という言葉が使われますが、女子も不景気だからこそ生き残りをかけて「独りでも強く生きて行ける自立派」と「カワイイで男性に媚びて依存派」に分かれている気がします。そう考えると女子はいつの世も空気を読んでさっさと時代に適応していくものなのだなぁと思います。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
クーラーも効かなかったあの茹だるような暑い夏も懐かしく、この肌寒さがちょっと心寂しい気分です。しかしながら、我々女性には心踊るファッションの秋!街のブティックには秋冬物が出揃い、今がニューアイテムの豊作期と言えるのです。年々女性の間ではブーツ解禁日が早まっているようですが、今年は9月1日だった、いや8月の第4週だったと言い切る人も多かったようです。 さて、ここのところ席巻していた「フェミニン」な装いがこの秋からは今迄通りでは通用しない様子。春から夏にかけてはフリフリ、ヒラヒラで花柄や水玉。バルーンスカートやコクーンワンピ(風船や繭のような膨らみのある形)等のぽってりとしたスタイルが主流で、どちらかというと少女趣味一辺倒なトレンドだったのです。しかし、今期は成熟した大人の女性のスタイルに注目が集まっているようです。色っぽいけど「ハンサム」という言葉が相応しいような、凛とした強さと美しさをたたえた女性。 フリフリで媚びた甘さにちょっと飽きて来た今、ボティコンシャスなシルエットに敢えて「マスキュリン」なスパイスを加える事で女を一層薫り立たせる。そんな方向性が注目されています。 メンズライクなジャケットやベスト、ハードな黒いレザーライダース、スポーティーなシャイニー素材のダウン、更にはワーカー調のこなれたフィールドコート等をフェミニンなワンピースとわざと組み合わせてみる。ウエストは太いコルセットベルトでギュっとマークし砂時計のようなシルエット。スカートもカーヴィ−な女性らしさを強調するハイウエストなタイトが定番化。また、シャネルジャケットに代表されるノーカラーのツイードセットアップや、白いシャツ&黒いボトムの何気ない組み合わせを「きちんと」着こなすキリリとした大人の「王道スタイル」も新鮮です。夏迄はマタニティーウエアそっくりなエンパイアシルエット(胸の下から切り返しのある形)のチュニックやコクーンワンピのユルユルファッションで体型は誤魔化せましたが、もうそうはいかないよう。話題のエクササイズ「ビリーズブートキャンプ」も秋冬ファッションのせいでまだまだ売れるかもしれません。 去年から引き続いているブームとしては、足首を美しく見せるブ−ティー(踝丈ブーツ)&大胆なオーバーニーブーツ(膝上丈ブーツ)。メンズテイストな乗馬ブーツも引き続き人気です。ざっくりとしたバルキーニット。そして女性らしいラインの変型トレンチ。セクシーなレオパードやリュクスなクロコダイル。艶やかなエナメル素材。フューチャリスティックなシャイニー素材や小物も秋冬シーズンに明るさを加えます。 また最近のシャネル復活劇も過熱しながら継続中。タンスの奥底からシャネルバッグを取り出して来た女性も多かったのでは。また、ヴィクトリア=ベッカムやニコール=リッチー等のお洒落セレブがエルメスのバーキンを日常使いしている姿がくり返しパパラッチ。同時に「王道スタイル」ブームも手伝ってか、にわかにバーキンも再注目株。バブル末期を経てから近年まで「定番過ぎる」「なんだか仰々しい」と思っていたアイテムは、今こそ通用するのです。 目新しいブームは、秋冬なのにヴィヴィッドな色合いでしょうか。パープルやレッド、グリーン、イエロー、フクシア等ぱっと目を引くフルーツカラーも多数見かけます。また、意外な裏ブームとして「ノルディックスタイル」。ステラ=マッカートニーのコレクションで見られた暖かみのあるノルディック風セーターは実際にリアルクローズでもマーケットに浸透しているよう。また、バレンシアガのコレクションで発表されたのは衝撃的な「ワールドミックススタイル」。プレッピー風のジャケットにジョッパーズという男性的な組み合わせを基調に、様々な国の民族調テイストを取り入れたアイテムをわざと付け足すというかなり高度なハズし技です。夏から存在するヒッピースタイルの進化版とも、はたまたグランジテイストのワールドワイドな亜種の再来とも。 アクセサリーやジュエリーにおいては、シルバーもゴールドも混在という感じ。大振りの半貴石やプラスチックを使ったジャンクなデザインも注目されていますが、やっぱり定番は小振りなモチーフ物で本物素材を重ね着け。ただし本物素材と言っても若者向けには14Kや10Kも多く、価格も数万円に押さえたものが主流です。その一方で「代々受け継がれました」的なダイヤや貴石、パールの「きちんと」したジュエリーの良さも再評価されています。やっぱり良いものは良い、クラシック趣味なトレンドと同時にジュエリーの真の価値や質というものも見直されているのかもしれません。 そんな訳で、この秋からは本物嗜好の大人の女性が街を闊歩する事になりそうです。シンプルで定番が故、アイテムの品質の良さこそが問われる「王道スタイル」。チープな素材や造りのアイテムでは太刀打ち出来ず痛々しいトレンドです。プリプラ(プリティープライス=可愛いお値段)アイテムを大人買い(まとめ買い)も良いけど、そろそろ本当に良いものを清水買い(清水の舞台から飛び下りるつもりで大枚叩いて買う事)しても良いのかな、そんな若い女性の声もちらほら。消費者の目も段々と肥えて来るのではないでしょうか。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
〜デパート、カスタマー双方が双方を選ぶ時代〜 昨今、様々な若者向けファッション誌掲載品を眺めていると「そう言えば随分とモノの値段って安くなったなぁ」と思うのです。例えば私が大学生の頃(12年前)と現在を比較すると、掲載商品の平均単価が絶対的に下がっているのが分かります。あの頃はバブルの最期、誰もがエルメスのバーキンに憧れた時代。学生向けの雑誌ですらエルメス特集が良くみかけられたものですし、値段の安い服なんて!という風潮が確かにあったのです。しかし現在は「安リッチ(安い値段だけどリッチに見える)」「プリプラ(可愛いお値段)」という見出しが目につきます。そう言えば、私もあの頃はコートを買うとなるとドメスティックブランドでも7万円以上は当たり前、ボトムスも2万円が妥当だと思っていたのです。今はというと、デザイン重視で可愛いのがあれば3万円以下のコートでも全然平気だし、ユニクロのデザイナーズコラボでフィリップ=リムやG.V.G.V.の服を3900円で購入して喜んでいるのだから自らを振返っても「時代は変わったなぁ」と思うのです。本来年齢が上がるごとに購入する洋服の価格帯が上がるべきなのに、逆行しているのは私だけでしょうか?ユニクロ、ZARA、GAP、TOPSHOPの登場によりバブル以降の若者の価値観は大きく変わったと思うのです。「安くて何が悪いんだ」と。更には近々H&Mも日本に上陸するそうで、プリプラファッション戦争は加熱する一方と思われます。 「アラサー(30歳前後の団塊ジュニア世代)」は相変わらずどっち着かず 一方、最近はバブル経験者40代女性をターゲットにしたリッチな雰囲気漂う雑誌も創刊ラッシュでした。「マリソル」「グレース」「プレシャス」等大人のラグジュアリー感を押し出した雑誌が多く見られ、掲載されているモノも20代向けとはかなりの格差。読者の年齢は限らずも「シュプールリュクス」「ロフィシェルジャポン」等高級志向のモード誌も増えているのは事実です。バブルの匂いだけ知って育った私達世代、いわゆる「アラサー(30歳前後の団塊ジュニア世代)」は相変わらずどっち着かずで高級ブランドも安い服でも何でもアリなミーハーな勢いです。この雑誌における世代間の格差は当たり前なのですが、こういった現象がデパートという現場で明らかに起こっているのです。今回、私の地元である新宿では伊勢丹を筆頭に高島屋、三越アルコット、丸井、ルミネがこぞって様変わりを遂げました。 デパートも売り場を再編、高級路線に 伊勢丹や高島屋は高級路線に絞っています。伊勢丹は1階のブランドごとの壁を外してNYの某高級デパートを模している感じ。一方高島屋はスーパーブランドをエントランスにブティック形式に区切って並べ、空間の広さを活かして更に高級感を出しています。私の大好きな靴売場を例にとってみましょう。伊勢丹では例のごとくブランドごとの壁を取り払いつつどの商品も平等に仲良く並んでいるのですが、平均単価が恐ろしく上がっているようです。何も考えずに手に取ったら8万円のパンプスだったりする事がザラです。高島屋は逆に従来の「だだっ広く並べてみました」方式を止め、見やすいように仕切りをつけてカスタマーの集中力を煽っている感じ。しかしここでも平均単価がやや上がっているのを感じました。昔ならば双方13000円台のパンプスも多量にあったのですが、今はぐっと少なくなりました。同じく双方のストッキング売場でもいわゆる量販店で売っていそうな一般商品は姿を消し、海外製品やブランドものばかりが目につき中には「ちょっと非現実的かも」というお値段まで。1000円以下のパンストが買いたかったらここではないという事なのだと思います。しかしながら、特に反響が大きいのはリニューアルした伊勢丹地下食料品売場のよう。「お高い」セレクションが目立ち、「庶民には手が出ないわ〜」という声もちらほらと聞きます。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
| ジュエリーに関しては、回転の早いアクセサリー売場に ジュエリーに関しては、特に高島屋は宝飾品や高級時計の売場よりも単価が安くて回転の早いアクセサリー売場に力を注いでいる傾向があります。伊勢丹は海外高級ジュエリーブランドのカジュアルなコーナーを1階にも併設、売場全体の格を上げつつもブティックには入りづらい若者が気軽に立ち寄れるようにしています。また、双方アクセサリー売場にリペアやリフォームショップを併設するなど、「ありそうでなかった」サービスを新たに加えている事は評価すべきでしょう。ファッションに関しては、高島屋はかなりモードを意識したラインナップに思いきり転向し、上層階に行けば行く程ディープな商品構成であると感じました。伊勢丹4階もオリジナルセレクト「リ・スタイル」も場所を広げてファッションマニアにも十分に応えられる品揃えを保っています。しかし、全体のコンセプトとしてはどちらも「ごくごく普通の現代の二十歳代のコ」が安心してお買い物をするには個性的な上に痛々しい値段が目立ち、そういうカスタマーはここには「見に来るだけ」で終わるのではないかという感想を持ちます。勿論若者向けにお値段を押さえた売場もあるのですが、以前と比較して年々縮小されまとめられてしまっている印象が拭えません。 総評として、今回のリニューアルでデパート側が「ウチはこうですから、それ以外は他店様へどうぞ。」と言わんばかりに客を選んでるな…というのがカスタマーにも伝わってしまっている気がするのです。伊勢丹と高島屋の二店鋪を見て歩き、なんだかちょっと「非現実世界」に浸った感じになるカスタマーも増えた事だと思います。デパートはいわゆる団塊ジュニア〜新富裕層の40代以上に的を絞り、堅実な金銭感覚で育ったバブル以降の若者はあまり重要視されていないような気がするのです。 若い世代はルミネや丸井に定着していく傾向が 一方、デパートの帰りに足を運んで「ホッ」とするのが遅く迄営業しているルミネや丸井だったりするのです。かつてルミネと言えば「どうせ駅ビルでしょ?」というイメージがあり、店鋪もノンブランドばかりで安っぽい感じがしていたのは確かです。しかし伊勢丹や高島屋には無い「低価格ながらトレンドを牽引する人気ブランド」の誘致に力を注ぎ、見事に無くてはならない存在に変身しました。私もここのところルミネ率がグンと上がり、プリプラのお洋服を大人買いするのが楽しいのです。最近では良くミセスの姿も見かけたりします。新しくなった丸井は落ち着いた雰囲気に。以前の「いらっしゃいませぇ〜っ」という店員さんの黄色い声も無く、大人が行っても気恥ずかしく無い感が漂っています。置いてある商品の値札を見てなんだか「現実的」で「安心」する…。総合的な利便性も含めると、若い世代はルミネや丸井に定着していく傾向が以前にも増して行くのではないでしょうか。 階級社会というか「棲み別け」がいよいよ日本でも幕開けか? 団塊ジュニアを境に、デパートもカスタマーも双方が双方を選び「棲み別け」を明確にする時代なのだとひしひしと感じます。かつて日本のデパート・百貨店は誰でも足を運んで良くて、老若男女あらゆる人が欲しいと思うものが均等に揃っている便利な場所でした。それは、このごく平和な資本主義の中に隠された社会主義的要素の分かりやすい具現だったと思うのです。そういう意味でも流行りのコントじゃないですが、この現象は「欧米か」なのかなぁと感じます。欧米はデパートやホテル、店鋪には明確な「ランク」があり、出入りする人も「そういうクラスの方々」しか本来許されないのです。そういった階級社会というか「棲み別け」がいよいよ日本でも幕開けなのかと。でも、どの業界でも二極化に傾倒し過ぎて「若いカスタマーを育てる」という将来への見通しを忘れてはいないだろうかと心配になります。何にせよ価格帯を落とし過ぎても、上げ過ぎても、いずれしっぺ返しが来ると思うのです。「カスタマーを育てる」事をしないと、彼等は「勝手に育ってしまう」。そうなると後々マーケティング本位の仕掛けが中々手難しくなるのではないか、私はそう思います。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
この春、最新トレンドは「ペッカペカ」小物です 暖冬の影響からか、今年の春のファッションの出だしは何だか勢いが良いような感触です。最新トレンドのキーワードの一つが「フューチャリスティック(未来的)」である事はもう周知の事実になっています。しかし、コレクションや広告写真で見られたような非現実的なデザインや素材はあくまでもコンセプチュアルなショーピース。 シーズン前から騒がれている割に、いざフタを開けてみるとリアルクローズ(市販の服)では具体像が見えて来ない不思議なトレンドです。確かに「フューチャリスティック」と言われても漠然としたイメージしか湧いて来ないのが実情では・・。 スイートでクラシカルなイメージが支持を得ています そうなると、このトレンドは手に取って見て分かりやすい形ではなく、曖昧なムードやエッセンスとして成り立って行くのではないでしょうか。例えば素材。「ラメやグリッター」「シャリ感のある光沢」「透け感」「メタリックな輝き」「パンチングやメッシュ」といったものはチラホラ見かけますし、シルエットもコクーン(繭のようなぽってりした形状)やバルーン(風船のように膨らんだ形状)が引き続き目新しさを保っていますので、それらを上手に取り入れれば良いのでは・・。 直球勝負でコスプレばりに「フューチャリスティック」というよりも「そんな雰囲気を楽しめれば」という軽いノリが本音だと見受けます。むしろ今でもやっぱり気になるのが「フェミニン」なデザイン性。シーズンが変わっても「フリルやリボン」「パフスリーブ」「ミニ丈」「柔らかなシフォン」「花柄や水玉」等のスイートでクラシカルなイメージは幅広い年代に根強い支持を得ています。 小物を併せるだけで「フューチャリスティック」なムード しかしながら、アパレルよりも新しいトレンドに傾倒して元気が良いのがバッグや靴などの小物類。昨年末ルイ・ヴィトンが「ミロワール」という、文字通り「鏡」のような光沢のメタリックシルバー&ゴールドにモノグラムが型押しされたビニール素材バッグを発表したのを皮切りに、今シーズンは「ペッカペカ現象」が起きているのです。まさに「アルミ缶」や「金の延棒」を彷佛とさせ、「ピカピカ」という言葉では収まり切らない衝撃的なド・インパクト。故に私は敢えて「ペッカペカ」と表現しています。それに追随してエトロ、グッチ、トッズ、フェンディ等様々なメゾンでも独自のデザイン性を活かしながら、共通のペッカペカ素材でバッグや靴を続々発表しています。まるで本物のメタルで出来ているかのような眩い光沢、特にシルバーが大本命。また、プラダやミュウミュウでは落ち着いたメタリックカラー、エナメル素材のシャーリングバッグ(クシャクシャした形)が看板商品になっており、フェンディやシャネルではクリアなビニール素材を押し出したバッグが発表され話題のようです。そのシャネルも定番のチェーンバッグ「マトラッセ」にメタリックやパンチングレザーを起用、リバイバル人気に拍車をかけています。服は定番でもこういった小物を併せるだけで「フューチャリスティック」なムードは満喫できそうです。 ボリューミーなインパクトアクセに人気が集まりそう 総じて、この春のトレンドは全体的にエッジィでかっちりした強い印象よりも、ふんわりしていて曖昧、優しい雰囲気の中にメタリック系小物でスパイスを効かせる方向性が正解なのかなと思います。ふんわり、というイメージからアクセサリーもちょっと子供っぽいものが大人の女性の間でも注目されています。その代表はケネスジェイレーンのイチゴやどんぐりモチーフのペンダント。海外セレブが愛用した事から大ブレイク中です。 NYで学生時代、彼のオフィスに見学に行った事があります。アクセサリー界の大御所である事は知っていたのですが、お爺ちゃん世代の彼がここまで世界的にファッショニスタからのラブコールを浴びるとは意外でした。「大人可愛くありたい」欲求を満たす為か、そういったジョークの効いた可愛らしいコロッとしたデザインが人気なのです。実際80年代風バングルも注目株で、増々カラフルでキャッチー、ボリューミーなインパクトアクセに人気が集まりそうです。 本物素材のジュエリーは一点ならぬ「一粒豪華主義」 一方、本物素材のジュエリーは一点ならぬ「一粒豪華主義」という感じ。肌に馴染み、華奢で小粒なものをさりげなく身に着けるのが今の気分のよう。一粒ダイヤのプチネックもすたれたかと思いきや、モデル達がボティジュエリー(日常的に24時間着けっぱなし)として愛用している事からリバイバルを予感しています。また、アクセサリーの影響からコロッとした大きめでカラフルな半貴石を用いたキャンディリングも裏ヒットの可能性が。 地金はやはりシルバー系統の色味がメインに移行して行くのは確実視して良いでしょう。モチーフとしては、クロス、クラウン、イニシャル、フェザーが定番化した今、更に個性的で面白みのある新たな救世主の登場が求められているのが現状。こうなると「さりげなくおとなしめ」か「奇抜で挑戦的」両極端のどちらかが成功の鍵のように感じます。上流下流の二極化社会等と良く言いますが、ジュエリーのデザインにおいてもこんな風に二極化が進んで行くのではないでしょうか。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
| 「団塊マダムとアラサー娘のセット消費事情」 ここ数年、メディアで注目を浴びているのが「母娘消費」です。つまり、団塊世代のマダム達とその娘さんがお友達感覚でセットになって買い物や旅行に出かける事が非常に増えているのです。そういった理由から、また実際に自分達と照らし合わせても、二大消費マーケットである「団塊マダムとアラサー娘」の行動パターンを無視してはならないのではと思います。 “バブル”も“就職難”も分かっているのが『アラサー』世代 このセット消費、まさに私自身と母が面白い程当てはまるなぁと実感するのです。自分達の事ですから、良く分かります。私は団塊ジュニアであり、今注目を浴びている『アラサー世代』(アラウンドサーティ=30歳前後)です。私達の世代は人数が多いだけでなく、積極的な消費行動で注目されているようです。どっぷりバブルでもないけれどあの時代の空気は思春期になんとなく知っており、かと言ってチープでキッチュなコギャル世代にハマった訳でもなかった。ちょっと中途半端だけど「バブルという夢」も「就職難という現実」も両方分かっているのが『アラサー』なのではないでしょうか。 ひと昔で三十路ならば「そろそろオバサンだからファッションも落ち着かないと」と思ったのでしょうが、今の私達は「まだまだ守りに入りたくない!」というのが本音。しかも、他人事では無いのですが私達の独身率や初婚年齢がグンと上がって、お洒落や旅行、エステ等にかけられる精神的、物理的余力を持っているのです。今の30歳は、実際のところ25歳くらいの感覚。今でも109、ZARA、GAP等で安くて可愛い流行のアイテムを見つけたりする。一方でちゃんとしたブランドの良さも分かっているから、デパートや高級ブティックでバッグや靴、コート等「一点豪華主義」な高額商品も平気で購入。自分磨きでアロマセラピーを楽しんだり、趣味のスクールにはお金を惜しまなかったり。そんな「出すとこ出して、締めるとこ締める」バランス感覚の良さに注目しつつ、トレンドへの好奇心を刺激する『アラサー』向けの雑誌(グラマラスやジゼル、グリッター等)も創刊されて定着しました。 「一卵生母娘」スタイルでお友達感覚なのが『アラサー』の良さ 一方私の母の世代はまさに団塊であり、あらゆる意味で「上得意さん」になり得る大注目株です。60歳を迎えたらそれこそ「赤いちゃんちゃんこ」ですから、昔で言えば「もうお婆ちゃん」だったかもしれません。ところが今の母の世代は想像以上に若いのです。『アラサー』のように、20代が買い物をするエリアに平気で出没する元気さもあります。そんな団塊マダムとアラサー娘が「一卵生母娘」スタイルでお友達感覚なのが今の風潮なのです。マダムは、頭の堅い面倒くさがりなダンナ様と出かけるよりも、同性で色々な気持ちやお洒落心をシェアできる娘さんと一緒にいた方が楽しいのでしょう。ブティックやパーティーに出かけるのも、旅行やエステに行くのも、母娘の方が気兼ねが無いのです。さて、この注目の2大消費マーケットがセットになってやって来るのですから、これ程有り難い事は無いのでは。 団塊マダムの感覚が若くなっているのは娘さんと共に行動するからです。二人が一緒にデパートに行けば、普段行かない若者向けの売り場にも付合う事になります。すると「お母さんもコレ似合いそう」等と娘さんが説得力のあるお勧めをしたり、「こんなモノがまた流行っているのね。お母さんが若かった頃もね…」なんて新しいトレンドの発見もあるでしょう。若者向け商品ですから、当然お値段も可愛いもの。マダムは味をしめて「大人買い(まとめ買い)」「色チ買い(色違いで同じ物を購入)」をする事も。 また、娘さんもマダムと一緒ならばちょっと甘えて普段よりも背伸びしたお店に行ってみたり、更にそこでお財布の口が緩くなる可能性も。確かに30そこそこの私達が高級ブティックやレストランに自分達だけで行くよりも、マダムと一緒の方がお店側からの扱いが良いというのも事実です。それで思わず気が大きくなってしまう、などという事もあるのです。 『アラサー』世代にターゲットを合わせた企画も 一方マダムも「どうせ貴女に譲るのだから」とか「貴女と兼用できるわよね」等とつぶやきながら、高額のお買い物に踏み切る自分自身やダンナ様への「言い訳」もバッチリなのです。「私だけの為に買うのは勿体無いけれど、二人で使えるのなら思い切れる」そんな台詞を良く母の口から聞くのですが、実際「娘の私が自腹で買うには高いが、感覚的には若々しい品物」を母が購入し、私も借りたりする事が本当に多いのです。 このように、母娘がセットになる事で更なる消費行動をもたらすのは自分達で実証済みです。特にジュエリーはアパレルと違って残る品ですから、余計に彼女達のセット行動を無視してはこの先成り立ちません。昔は「そのうち娘に譲る」という感じでマダムのみで来店し自分の好きなものを選んでいたかもしれません。しかし最近では母娘セットで来店して娘さんの意向も取り入れながら「今から一緒に兼用できるもの」を選ぶのではないでしょうか。実際にお財布を出すのはマダム側でも、商品選別の決定権が娘さんに譲られている事も多いのです。商品構成だけでなく、お店の伝統や信頼を損なわずに店内のインテリアやパッケージをスタイリッシュにする事も欠かせません。展示会なども絶対セットで来場してもらう事が大事だと思います。展示会と言うと、これまでのターゲットは主にマダム層だけだったと思います。渋いディナーショーやトークショー等マダム好みな内容。そういった従来の形式以外にもリフレッシュした、20〜30代の娘さんが一緒に来ても楽しめるような若々しい雰囲気作りや商品、企画をして行く事も欠かせません。このままで娘さん世代に「なんかダサい、オバちゃんぽい」と思われてしまったら、次に繋がっていくのがなかなか難しいでしょう。セットで来場してもらうように工夫する事で、私達のような娘さん世代にもこの展示会という日本独特のシステムが定着して行くのではないでしょうか。ただでさえ若い時から海外ブランドに馴染み、ハイセンスで流行に敏感な娘さん世代です。日本の宝飾業界も彼女達の感覚を無視して団塊マダムばかりに気を取られていると、この先益々「将来の潜在顧客」を海外ブランドに奪われてしまいます。「ちょいワルオヤジ」の消費行動も注目されていますが、最も消費の実権を握っているのは団塊マダムとその娘さん『アラサー』である事を忘れてはならないのではないでしょうか。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗:tn-mz@axel.ocn.ne.jp) |
|
|||
| ネットオークションで消費者のリアルな価値観を知る 昨今ネットオ-クションが話題になっています。実は、私自身も7年くらい前からネットオ-クションを活用しており、不要なモノや探しモノの売り買いに役立てています。また、用も無しにただペ-ジを見ているだけでも色々な出品物があって愉しいものです。 そして、最近になって売り買い目的というよりもトレンド浸透力や消費者のリアルな価値観を知るツ-ルとして、この上なく便利なシステムであると思えるようになってきました。 この7年の間に沢山の取り引きがありましたが、その経験から出品する際にどんなモノを出せば高く売れるのか、また、どんなタイトルをつけると落札者(消費者)の目を惹く事が出できるのか等、自分なりの法則ができてきました。オ-クションでは自分の出品しているモノがどれだけ多くの人に検索されて見られたか、また、ウオッチリストに入れてもらえたか等を即座に見る事が可能なのです。 すなわち、自分の商品にどれだけの「反響」があるのか見事に分かってしまうのです。また、他人の出品している商品でもどれだけ多くの入札があったか、どれだけ高い価格で落札されたか等から、それらがいかに人気があるか無いか分かってしまうのです。 また、人気商品というのはそれ相応の数が出回っているはずです。それも検索してしまえば一目瞭然で、商品の出品数で今何がウケてるのかが良く分かります。 注目を浴びるのは、やはり「雑誌掲載商品」 ファッションの分野で言うとやはり注目を浴びるのは「雑誌掲載商品」でしょうか。「何々の何月号に掲載され、モデルの誰だれが着用」というタイトルはいいアピ-ル力があるようでした。それだけでなく、出品するものが有名ブランドや有名メ-カ-である事は検索に引っ掛かる率をぐんと上げてくれるのは当然です。そういった雑誌掲載商品を出品するのなら、雑誌の掲載直後は検索率がかなり上がるそうです。また大まかな流れで言うならば、シーズン始めよりも中盤になると「そろそろこういったアイテムが欲しい、安く見つけられないだろうか」と、多くの消費者がネットに流れて来るので全体的にシーズンアイテムが品薄になり、高値を引き出す事が出来るようです。 例えば去年の秋の事です。モンクレールのダウンジャケットを現地で購入した私は、日本で幾らくらいするものなのか、興味本位でネットオークションで調べるました。10月頃では1年落ちの新品が半額以下で出品されており、あまりの安さにショックを受けたものです。しかし、12月〜1月のハイシーズンになる頃には需要が高まり、元の定価に近い高値で幾つも落札されていたようでした。これによって、いつ頃実際に消費者がシーズンアイテムを購入しようとするのかを掴む事が出来ます。 オークション上での価値と本当の人気度を確かめる ネットオークションの基本原則は消費者側が購買価格(落札価格)を決めるシステムです。(中には『即買い』と言って、予め買価で出品されているものもありますが)つまり「本当は幾らだったら買うのか」という消費者の「本能」が見えて来ます。そのあたりは出品者と落札者との微妙な駆け引きも存在し、オークションの一番の醍醐味なのかもしれません。また、別の消費者の「本能」がリアルな価値観を左右する場合もあるのです。ある友人が「雑誌で見て物凄く欲しいデニムがあったけど、オークションで安値が付いていたのを見たら急に欲しく無くなった」と言っていました。逆に「デパートで見たブランド靴がオークションでは品薄だからと高値が付いてた。それを見たら買った方が得な気がして思わず購入した」という人もいます。「他人がその商品をどう評価しているのか」が生で見えるのがネットオークションです。実際私も雑誌で見て良いなと思うアイテムを店頭で購入しようとする前に、一応オークション上での価値=本当の人気度を確かめてしまう事もありました。 メディアが発するトレンドの真偽を確かめる 例えばあるバッグが雑誌に掲載されて「物凄い人気!」のように書き上げられていたとします。しかし、実際ネットオークションでは高値で落札されない、または定価を切る値段なのに再出品をくり返しているのであれば、それは本当の意味で消費者に受け入れられていないと判断をされても仕方がありません。確かにオークションというのは、タイミング等もあるので一概に決めつける事は出来ないのですが、一般消費者がいかにシビアであるか手に取るように分かってしまいます。どれだけ雑誌が「人気!品薄!入荷待ち!」と謳っても、実際ネットには出回っている事も多いですし、それでも価格がネックで売れないケースも多数見ています。メディアの発するトレンドの真偽は、リアルな消費者とぶつかり合う事で露呈してしまうのです。 トレンドの輪廻が加速しているのを実感してます それでも雑誌掲載後1ヶ月程はかなりの影響力があるようで、品薄なモノはプレミア価格(実際の定価よりも高い値段)で取り引きされる場合もあるようです。しかし、7年間オークションの動向を見て来て思うのは、その「高値で取り引きされるモノのカリスマ性」というのが前程長続きしていないという事です。消費者が目移りする間隔がどんどん早くなり、次から次へと発信される新しいものに興味を惹かれているようです。ついこの前までは雑誌を賑わせていた最新アイテムが、2〜3ヶ月するともう値崩れを起こし始めていたりするのです。これは私がオークションを始めた頃にはありえなかった事です。トレンドの輪廻が加速しているのを実感する出来事です。 需要と供給のバランスから「分相応」の落札価格に また、昔のように出品物に対して高値がつきにくい時代になって来ました。ネットオークションだけでなく、ネットショッピング・マーケットそのものが拡大し「消費者が検索し、購入できるモノの数」が絶対的に増えているのです。それゆえ消費者の持つ選択肢も増え、需要と供給のバランスから「分相応」の落札価格がつくようになったのでしょう。7年前ならばちょっと古いデザインやアイテムでもブランドの名前が付いているだけで予想以上の高値で落札される事が多かったのです。今はあまりそのような事を期待せずに、不要品がそこそこの値段で売れればなぁという気持ちでいる方が賢明かもしれません。 ネットオークションでも多くのジュエリーが出品されています。それを見ていると、一体幾らまでなら現物を見ずに購入しようと思うのか。その商品のクオリティーならば幾らまで出そうとするのか。消費者のリアルな動向、彼等の「本能」が見えてくると思います。まだネットオークションを体験されていない方は、ぜひともご覧になる事をお勧めします。ただしミイラ取りがミイラになるようにのめり込んで寝不足になったり、挙げ句に余計なモノまで落札なさらぬようどうか御注意を…!(ジュエリーデザイナー・松崎マナ) |
|
|||
ファッション・トレンドは、海外セレブが発祥 昨今は「セレブブーム」。ファッションのトレンドを見るに、その起源は全て今をときめく海外セレブです。ヒルトン家の令嬢パリスやニコール・リッチー(ライオネル・リッチーの娘)といった二世タレント、シエナ・ミラーやリンジー・ローハンといった女優、そしてファッションアイコンと呼ばれるケイト・モス(スーパーモデル)。彼女達のプライベートスナップは毎月必ず多くの雑誌に取り上げられ、持ち物、服装や愛用品、ライフスタイルまでこと細やかに紹介されるのです。そういった海外セレブ特集の掲載商品は問い合わせが殺到、すぐに売り切れてしまうとか。現在のヨガブームも、彼女達のようなセレブが発祥です。(つづく) |
|
|||
| この現象は、90年代前半の「スーパーモデルブーム」とどこか同じ様相を漂わせています。当時はシンディ、ナオミ、ヘレナ、クリスティといった超大御所スーパーモデルのスナップが毎月誌面を賑わせ、「何処どこのバッグを愛用」「何処どこのコスメを愛用」等細かい情報に女性達は非常に敏感でした。今では懐かしい記憶ですが、NYのデパート『ヘンリ・ベンデル』のストライプ柄のオリジナルバッグやスタジオ用のマイナーコスメだった『マック』が大ブレイクしたのも、全部彼女達のおかげでした。『コントレックス』というダイエット用ミネラルウォーターが出回り出したのも、彼女達が愛飲していたからでした。遠い憧れの存在だけれど同じものを愛用する事でちょっとでも近付きたいという思いは、いつの世でも女性にはつきものです。(つづく) |
|
|||
| その後90年代後半からはそういった「遠い憧れの存在」というのが段々と消えていく時代でした。むしろ「読者モデル」「カリスマ店員」など、等身大で身近だけどちょっとお洒落な「普通の女の子達」に注目が集まりました。有名読者モデルが雑誌に連載を持つなど彼女達の動向は常に読者を惹き付け、トレンドを牽引していたようです。その次には「エディターブーム」。海外有名ファッション誌の編集者やスタイリスト達のファッションが注目を浴びました。しかしまた時代は巡り、等身大な彼女達よりも「遠い憧れの存在」である海外セレブが今現在のファッションを司る時代が到来したのです。(つづく) |
|
|||
| しかし前回の「スーパーモデルブーム」との違いは、消費者はより多くの選択肢をマーケットから読み取っており、全員が全員右に習えで一つのトレンドを追い掛ける訳ではないという事ではないでしょうか。12年前と比べると海外との距離もより密接になり、沢山の種類の「モノ」が流入し、消費者は目が肥えてきているのだと思います。様々なファッションスタイルが確立されており、流行に翻弄されるというよりも「それはそれ、これはこれ」と自分に見合ったものを賢く取り入れる。また、ピックアップされるトレンドも「何処どこの何なに」といった風にピンポイントである事は似通っているがその傾向がより一層強く、トレンドも短命で飽きられるサイクルが早い。そういった事を感じ取れます。(つづく) |
|
|||
| 「スーパーモデルブーム」当時は、その裏でカリスマブランドも存在していました。「シャネラー」という造語まで生み出したシャネルブームに始まり、プラダ、グッチ、そしてヴィトン。以前はそういったブランドのモノならとにかく何でも良い!という風潮がありました。しかし今はそういったブランド自体にカリスマ性があるのではなく、上に挙げたように「ピンポイント」で「モノ」そのものにカリスマ性があるようです。クロエの『パディントンバッグ』、アレキサンダーマックイーンの『スカル柄スカーフ』、ダイアンVファステンバーグの『ラップドレス』、クリスチャンルブタンの『ウェッジソールパンプス』等、「御指名買い」と呼ばれる消費傾向はブランド名そのものでなく、その品番や型番がより重要なのです。消費者はよりフラットな価値観で「そのブランドが好きか」よりも「そのモノが好きか」どうかで動く。つまり、ブランド名という表面だけに踊らされるのではく、きちんとモノそのものを見る力が養われつつあるのではないでしょうか。こういった事からブランド側は常に革新的で消費者の心を掴むような商品の開発を迫られ、あぐらをかいていられる時代ではなくなって来たようです。(つづく) |
|
|||
| さて、同じ事がジュエリーの世界でも言えるのではないでしょうか。有名ブランドのだからという理由だけで売れる時代は終わりました。裏を返せば、何処の何が売れるか作っている本人達でも分らない。モノそのものに魅力とカリスマ性があれば、ヒットのチャンスは平等に恵まれているという事ではないでしょうか。まさにトレンド戦国時代。トレンドが広く浅く濫立し、素早く回転するようになって来た中でどの勢力に追随するか。また、自ら新しい勢力を立ち上げるのか。これから季節の変わり目にかけてセレブの動向も含め、トレンドから目が離せないようです。(おわり) |
|
|||
| 【時代と共に成長する消費者の二択】 昨今面白いと感じるのは、族に言う「ジュエラー」だけでなくグッチやディオール、ヴィトン等の一流ブランドがこぞってジュエリーを発表している事です。しかし、最近更に衝撃的だったのがアルマーニ、ヴィヴィアン=ウエストウッド、そしてコム=デ=ギャルソンといった純粋な「服飾ブランド」までがアクセサリーでなくジュエリーを発表している事です。 アルマーニと言えば、カーザアルマーニという総合ショップを銀座に建築中です。彼はインテリア、チョコレート、フラワーショップ等も手掛けていますが、去年くらいから今迄の雑貨ではない本物の素材を使った大胆なジュエリーを発表していました。また、ヴィヴィアンはパンクやゴスロリの象徴的な大御所デザイナーですが、彼女独自の王冠モチーフやスカルを本物のダイヤやゴールドをふんだんに使ったシリーズで発表しています。ギャルソンはこの春始めて本物の素材を使用したジュエリーを発表。パールの色合いで魅せるシンプルなネックレスです。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗) |
|
|||
| 【新たな富裕層は「分かりやすいリッチ感」】また、先日久々にクロムハーツの広告を見ました。それも、アメリカンエクスプレスの会報誌です。クロムと言えばシルバーのはずが、その広告では全て22K素材でダイヤ、ルビーやサファイア等の色石をあしらったものばかりを掲載していました。15年くらい前から流行しだし、今でも不動の人気を誇るクロム。単なるシルバーブランドからジュエリーの世界へアピールを広げたい意図が感じられます。そもそも、この現象は80年代にアルマーニやギャルソン、ヴィヴィアン等に馴染み、愛好していた購買層が本格的にジュエリーを買えるようになって来たからではないでしょうか。 また、クロムもあれから15年経って第一世代も30〜40歳代に突入しました。そういった彼等の「いつまでもシルバーでは…」という、入門編の若者とは差別化を図りたい心理を上手くついているのではないかと思います。 ここで問題になるのが、潜在的なジュエリー購買層が我々ジュエリー業界から離れ、そういったファッションブランドの宝飾品をアクセサリーの延長で購入する傾向がこの先増々強まって行くのではないかという事です。これまでの団塊の世代とは全く違ったアプローチ無しに、次世代を我々ジュエリー業界の主力購買層に引き入れる事はかなり難しいのではないかと強く思います。ITバブルと言われる30歳代を中心とした新たな富裕層は「分かりやすいリッチ感」を好みますし、早くからブランドに慣れ親しんで来た分、ブランドへの忠誠心も堅いのかもしれません。そういった新有力購買層をいかにこちらに誘うか、それが課題です。 しかし一方で、ブランドというブランドがありふれ、出尽くした感もどことなく漂っているのは確かです。あまりにも分かりやすいブランドという冠をかぶっている事が、かえって気恥ずかしくも思える風潮が確かに存在している事は否めません。今更、大学生でも使っているようなものを本物志向の人達が好むとは思えないのです。分かりやすさの対極にある「玄人好み」「カスタマイズ」「知る人ぞ知る」「オリジナル」「マニアック」そういった本物志向が別口で太い道筋になって行くというのが、この先の少子化や格差社会という現象を考慮しても、濃厚なのではないでしょうか。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗) |
|
|||
| 【ブランド飽和の今、“エディターズバッグ”と呼ばれる新しい流行現象】ファッションの世界で分かりやすい例を挙げると、実際10年程前と比較してみると三角マークの付いたナイロンのプラダやロゴ全面のグッチのような、「分かりやすいブランド品」はあまり売れていないように感じます。私の周囲でも最近使っている友人があまりいないのです。唯一、一人勝ちと言われるのがヴィトンです。それは彼等が毎シーズン良い意味で期待を裏切るような新作を発表し続けている一方、ヴィトンならば「変わらない価値」があると老若男女幅広い層の消費者に認められているからだと思います。 プラダは一世を風靡したため、逆に自分の首を絞めるハメになったようです。今は流行に左右されない独自の世界を築き上げる手法に転じ、以前のモデルを復刻させたりしています。エキセントリックな個性派の地位を保つ意味で、他のブランドが決してしないであろう大胆なデザインだったり、職人的細工に走ったりして、「ナイロンバッグ」イメージからの脱却を図っているようです。 また、グッチは伝説的デザイナーのトム=フォードから新しく若手女性デザイナーに世代交代しました。従来のシンプルでスタイリッシュなラインを裏切らない見事な引き継ぎでしたが、この先グッチのロゴに見飽きた消費者をどうつなぎ止めて行くのかが見どころで はないかと思います。 ネームブランド飽和の今、「エディターズバッグ」と呼ばれる新しい流行現象があります。海外の有名ファッション雑誌のエディター達がこぞって持っているバッグが注目されているのです。彼女達のようなファッションピープルは他人と持ち物がかぶる事を嫌うので、当然そういったネームブランドよりも「知る人ぞ知る」モノに注目が行くのです。 今はクロエやマルベリー、ルエラ、そして大ヒットのバレンシアガ等の方が「ツウ好み」で人気、しかも絶対販売数が少ない為に常に品薄です。そしてその品薄である事実が更に消費者に火をつけてしまうのです。値段もヴィトンの人気モデルよりも高いものが多いのですが、その「実はこう見えて高いのよ!」という絶妙な価格設定も「選ばれた者にしか手に出来ない」ステータス感を煽っているのです。どちらかというとマイナーなモノが、マイナーであるが故、「希少性」を武器に転じてメジャーになってしまう面白い現象です。街でもバレンシアガやクロエの偽物を持っている人が非常に多いのも事実です。 「リーズナブルである事」それが生き残るのに一番です。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗) |
|
|||
| 【ブランド品は「理にかなっていない」値段】極めてメジャーかマイナーか。そうなるとこの先中途半端なモノは本当に淘汰されて行ってしまう気がします。中途半端でも、値段が安ければ価格競争という意味で勝ち組でいられるかもしれません。しかし、価格競争で言ったら、中国やタイ、動き出したインドにはどうしてもかなわないでしょう。そこで私が思うのは、「リーズナブルである事」それが生き残るのに一番大事なのではないかという事です。リーズナブルとうと、日本語では「お値打ち」とか「お手頃」という感じで使われていますが、ここでの真意は「理にかなっている」という事なのです。つまり、カスタマーが「この造りの良さ、こだわり、デザイン、品質ならばこの値段を出したとしても理にかなってるな」と思い、納得して購入してくれるようなモノを造ると言う事です。 そもそも、ブランド品は「理にかなっていない」値段ですし、要はそのブランドの名前にお金を出しているだけの話です。そういったブランドネームが無い我々ジュエリーデザイナーはどうすべきか。中途半端なモノであれば「コレだったら、カルティエ買った方が良いよね〜」と流されてしまいます。目が肥えて来たカスタマーに対し、だんだんと誤魔化しがきかなくなって行きます。「とにかく売れりゃあ良い」という姿勢や、単に人気ブランドの売れ筋モデルの跡を追うだけの「二番煎じ」では、カスタマーはブランドに取られてしまいます。真摯な態度でいれば、目が肥えているからこそ逆にこちらの存在に気付いてくれる人も多いのでは無いでしょうか。私はそう信じて止みません。 ファッションは勿論の事、デザインやアートの世界でも広く興味を持たれ、文化的に一目を置かれる存在となったJAPAN。私達だからこその「JAPAN発」技術力と感性を、今一度本気で見直してみる時期なのかもしれないと思っています。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗) |
|
|||
| 【首回り事情に異変】ここ数年で、微妙にネックレスやペンダントの長さに変化が見られていました。徐々にですが、ピッタリめよりもちょっとルーズな長めのタイプに人気が移行しているようでした。雑誌NIKITAで「乳間(ニュウカン)ネックレス」なる60〜70センチ程のタイプが取沙汰されたのも象徴的でした。ところが、今シーズンの様々なファッション誌やブティックでは明らかにロングが流行しているのが分ります。それまでの乳間どころか、100センチレベルの長いチェーンやパール、シェル、ビーズなどを用いた大振りなものまで目立ちます。この夏はレトロ風の上品で女性らしいワンピースやふんわりしたスカートの流行もあって、胸元の演出には個性的で大胆、かつフェミニンなものが好まれるのだと思います。 特に現在は先シーズンからトレンド再燃「金ボタン」の影響もあってか、断然ゴールドカラーが人気のようです。どこか80年代〜90年代初頭を思わせるような華やかで「きちんと感」のあるファッションがこれからの気分で、それまでのジャージ、パーカーにクラッシュ(穴空き)デニムといった西海岸的なルーズなファッションは影を潜めそうです。これから秋にかけて本格的にスキニーデニム(スリムジーンズの事)やレギンス(スパッツ、カルソンの事)の流行が定番化してくると、同じようなトレンドがあった80年代や90年代半ばを意識して、上半身には自然とボリュームの出るアクセサリーが好まれる続けるであろうと思われます。 渋谷や原宿で10歳代の女の子がジャラジャラとジャンクなアクセサリーを重ね付けしている姿がモードに影響を与え、今やそれを逆輸入という状態です。今度はこのトレンドが幅広い層で定着しはじめると、大人の女性までも上質素材でボリュームのある「本物ジュエリー」を身につけるようになるのではないでしょうか。例えば品のあるプレーンなYGのロングチェーンを入門編として、ジュエリーでもそういったトレンドを追求するようになるのではと思います。 実際今年になってから、カルティエやブルガリ等の有名ジュエラーでも人気モチーフを所々にあしらって、お腹まで届くようなゴージャス且つシンプルなロングチェーンネックレスを投入してきています。これまではロングネックレスというとマダム世代向け一辺倒というイメージでしたが、これからは20〜30歳代の女性でも気軽に出来るシンプルでフレッシュなデザインを意識した方が良さそうです。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗) |
|
|||
| 【新たな富裕層は「分かりやすいリッチ感」】また、先日久々にクロムハーツの広告を見ました。それも、アメリカンエクスプレスの会報誌です。クロムと言えばシルバーのはずが、その広告では全て22K素材でダイヤ、ルビーやサファイア等の色石をあしらったものばかりを掲載していました。15年くらい前から流行しだし、今でも不動の人気を誇るクロム。単なるシルバーブランドからジュエリーの世界へアピールを広げたい意図が感じられます。そもそも、この現象は80年代にアルマーニやギャルソン、ヴィヴィアン等に馴染み、愛好していた購買層が本格的にジュエリーを買えるようになって来たからではないでしょうか。 また、クロムもあれから15年経って第一世代も30〜40歳代に突入しました。そういった彼等の「いつまでもシルバーでは…」という、入門編の若者とは差別化を図りたい心理を上手くついているのではないかと思います。 ここで問題になるのが、潜在的なジュエリー購買層が我々ジュエリー業界から離れ、そういったファッションブランドの宝飾品をアクセサリーの延長で購入する傾向がこの先増々強まって行くのではないかという事です。これまでの団塊の世代とは全く違ったアプローチ無しに、次世代を我々ジュエリー業界の主力購買層に引き入れる事はかなり難しいのではないかと強く思います。ITバブルと言われる30歳代を中心とした新たな富裕層は「分かりやすいリッチ感」を好みますし、早くからブランドに慣れ親しんで来た分、ブランドへの忠誠心も堅いのかもしれません。そういった新有力購買層をいかにこちらに誘うか、それが課題です。 しかし一方で、ブランドというブランドがありふれ、出尽くした感もどことなく漂っているのは確かです。あまりにも分かりやすいブランドという冠をかぶっている事が、かえって気恥ずかしくも思える風潮が確かに存在している事は否めません。今更、大学生でも使っているようなものを本物志向の人達が好むとは思えないのです。分かりやすさの対極にある「玄人好み」「カスタマイズ」「知る人ぞ知る」「オリジナル」「マニアック」そういった本物志向が別口で太い道筋になって行くというのが、この先の少子化や格差社会という現象を考慮しても、濃厚なのではないでしょうか。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗) |
|
|||
| 【時代と共に成長する消費者の二択】 昨今面白いと感じるのは、族に言う「ジュエラー」だけでなくグッチやディオール、ヴィトン等の一流ブランドがこぞってジュエリーを発表している事です。しかし、最近更に衝撃的だったのがアルマーニ、ヴィヴィアン=ウエストウッド、そしてコム=デ=ギャルソンといった純粋な「服飾ブランド」までがアクセサリーでなくジュエリーを発表している事です。 アルマーニと言えば、カーザアルマーニという総合ショップを銀座に建築中です。彼はインテリア、チョコレート、フラワーショップ等も手掛けていますが、去年くらいから今迄の雑貨ではない本物の素材を使った大胆なジュエリーを発表していました。また、ヴィヴィアンはパンクやゴスロリの象徴的な大御所デザイナーですが、彼女独自の王冠モチーフやスカルを本物のダイヤやゴールドをふんだんに使ったシリーズで発表しています。ギャルソンはこの春始めて本物の素材を使用したジュエリーを発表。パールの色合いで魅せるシンプルなネックレスです。(ジュエリーデザイナー・松崎真苗) |
| Copyright (C) 2005 WEB |