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昨年10月、会社創立35周年の記念イベントを開催したMATSUZAKI
(松崎勉・憲子夫妻)。この日はまた、長女・マナさんがジュエリーデザイナーとしてデビューする日でもあった。マナさんのデビューによって世界的にも珍しい“デザイナーズファミリー”として今後それぞれがどのような活躍をみせてくれるのか楽しみだ。今回は異なる個性を持つこの3氏に、ジュエリーデザイナーに求められるもの、方向性などを語り合ってもらった。

     



憲子 「昨年の35周年イベントには業界関係者や個人的に親しくしている方たちなどに多く集まっていただきましたが、勉、憲子に新たにマナを加えた3人によるデザイナーズファミリーの作品を見ていただく場でもありました。代々というのはありますが、現役で親子3人がデザイナーとして活動するというのは日本でも、もしかしたら世界でも珍しいんではないかと思います」

 「3人とも個性も感性も違いますからね。面白いですよ」

憲子 「そういう意味ではひとつの区切りではあったけれど、新しいスタートでもありました」

マナ 「私もそれに向けて作品づくりを進めていました。その前にJJFで代表的な作品をイメージ的に発表しましたが、本格的ないろいろなラインは10月のイベントに照準を合わせて作り込んでいきました。ラトレイアというブランド名で展開していきますが、来場してくださった方たちからも完成度が高いという評価とともに、ビジネスにも乗りやすいとの感想をいただくことができうれしく思っています」



 「これはウケるという声は多かったように思いますね」

マナ 「ビジネスに結びつくということに関しては意識してデザインしています。やはりジュエリーは買っていただいた人が身に着けて初めてプロダクトとしての価値が出てくるものだと考えていますし」

憲子 「将来は海外進出もできたらいいですけど」

マナ 「夢ですけど」

 「でも夢は持たないとね」



憲子 「若いデザイナーの人たちには基礎をきちんと学んでもらいたいですね。今はカタチだけ名前だけというデザイナーも中にはいますよね。でも生き残っていくためには基本的な学問、デッサン力、造形力、表現力、素材への知識など、人間的な面も含めてトータルなものを身に付けてはじめて本物になれるのだと思いますよ。簡単にデザイナーという横文字の職業への憧れだけでは無理なこと」

マナ 「美術の世界でもそうですよね。小さい頃に父によく言われたんですが、ピカソの絵を見て私があんな変なものは自分にも描けるんじゃないかって言ったら、ピカソのデッサンを見てみろと。あれだけのデッサンが描けるからその先にあの絵、表現力があるんだと。最初からそれを真似したらどうしようもないよとよく言われました」

 「覚えてないけどな(笑)」

マナ 「安価なジュエリーの中には、それなりのカタチにはなっているんですけど“らしい”だけのものがありますよね。若い人たちがそれが普通なんだと思ってしまったら、本当にいいものが淘汰されていってしまうんじゃないかという危機感はあります」

憲子 「マナには十代の頃からカルティエなど一流の海外ブランドのものを買って着けさせてみたんですね。なぜそれがいいのかとか、はめた感覚や細かい作りなどをエンドユーザーの立場でも体験させるためにです。若い頃はターゲットとなる40〜50代の人の感覚がわからないじゃないですか。そういう意味でも若い時から本物に触れるというのは大切なことだと思います」

 「海外のブランドというのは歴史があるし、それからなんといってもクリエイターを大事にしますよね」

マナ 「日本はクリエイターに対する評価が低いと思うんですよ。金銭的な面も含めて。日本て資源が何もない国なのに、そこを評価しなくてどうするの?って思いますよ。みんな海外へ出て行っちゃいますよ」

憲子 「デザインに限らずいろいろな分野でそういうことは起き得ますよね」

マナ 「海外に憧れがあって勉強しに行くじゃないですか。でも向こうで賞を取ったりクラスで注目されるのは日本人が多いんですよ。私もニューヨークに留学しているときに、あ、日本人てすごいんだと思いましたね。アメリカの人は発想力や面白いアイデアは持っているんですけど、それを具現化してみせる根性がないんですよ(笑)。他のアジアの人たちもがんばるんですけど、総合的にセンスがあって技術があって根性もあるのは日本人じゃないかなって感じますね」

 

 「光っている子には日本人が多いらしいんですよ」

マナ 「日本人は十分に世界で競い合えると思いますね」

憲子 「私たちがジュエリーデザイナーとして現場に出始めたのは40年ぐらい前で、それまでは図案師とか言われていたわけですよね。私はデザイナーとして就職していますが、日本では職業としてのジュエリーデザイナーというのは50年の歴史もないと思います。ですからこれからじゃないですかね、やっと種を蒔いたところかもしれないです」

 「今のデザイナーの現状はというと、販売の現場にまで出なくてならなくなっていますよね。僕のように日々制作に携わるものにとってはつらい時もあります。もっとクリエイターとしての評価が高まってもいいと思います」

マナ 「海外のデザイナーに対しても同じですよ。ある百貨店などでも、かなり有名な人が来ても売りの現場に立たせるんですよね。え、信じられないっていうくらいのクラスの人を」

 「ユーザー展が数多く行われていてデザイナーは現場に立つことが多いんですが、その感覚なんでしょうか。でも、ユーザーとの交流という点では大切なことだと思います」

憲子 「いま業界全体の景気があまりよくなくて、先が見えない状態じゃないですか。そういった皺寄せがデザイナーにも来ているのではないでしょうか。デザイナーが乱立気味の時代になってきていますが、本当に力のある人が残っていければいいんですけれど。長い目でデザイナーを育てるべき時がきていると感じます」

 「若い頃、石のことがよくわからなかったので、本当に勉強しましたね。宝飾の仕事をするんですから石の基本をきちんと知ることがまず大事だと思いました。若い人たち、そして今デザイナーと呼ばれている人たちにはその必要性を感じてほしいですね」

憲子 「ジュエリーの学校における勉強は時間的にも限りがあるじゃないですか。そうなると次はやはり現場が大切なんですよ。就職した頃に思ったのは、それまで月謝を払って教えてもらっていたものを、今度は給料をもらいながら教えてもらえるんだと。先輩を見て学ぶということがありますからね。若い人がどういう環境にいるか、その時をどう考えているかによって将来はかなり違ってくると思います」

 「デザイナーとは何か、デザイナーの役割とは何かを忘れないようにしてもらいたいですね」

憲子 「ジュエリーデザイナーというのは、まず職務としての役割がもちろんありますけど、別の役割として、たとえばアールデコのジュエリーがひとつの時代の表現として評価されていますよね。そのように、コマーシャルな部分とは別に、自分の感性で自分が生きた時代性とか社会に何かアピールする、そういう役割もジュエリーデザイナーにはあるんじゃないでしょうか」