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変わらないもの。変わるもの。

雲間から射す一条の光が、霊峰富士の頂を金色に染める。
21世紀が開けて8年目の旭日は、厚い雲を破って太平洋の彼方から忽然と姿を見せた。太陽は昨日の太陽と少しも変わってはいない。空は昨日の空と変わることなく、海は昨日の海と少しも変わらない。季節風は昨日のままに上空を疾風となって駆け抜け、海流は昨日のままに大河となって洋上を駆け巡る。
なにもかも変わらないのに、なにもかもが変わっていく。新しい年を迎え人々は、なにを変えずに、なにを変えるべきなのだろう。
人が、時の流れに細かい日盛りを刻み、暦の上を一歩一歩あるき、歳月に節目をつけて感情を乗せたのには深いわけがあるはずだ。人の1000年をまるで1日のように生きる太陽と、人の100年をまるで1時間のように生きる海の生命に、人の生命を照らし合わせるとそのサイクルのあまりの違いに愕然とせざるを得ない。そこで人智は、人から人へと生命の継続を重視した。
継続によって100年単位で物事を考えることを可能とした。
いま、時代の中でクローズアップされている環境問題も、人の生命の継続を考慮してこそ重要性がひしひしと迫ってくるのだ。
子や孫の代、もっともっと長いスパンで物事を考えなければならない時代である。1年後も100年後も変わらぬビジョンで対処していく頭脳と感覚が必要なのである。国際化が本格的になって日本の外交も多くの問題を抱えている。これにはビジョンも必要だが、日本の絶対に変わらぬ信念こそが必要だ。戦後60年、いまの日本に信念はあるのだろうか。世界に対して正しい道を示しているのだろうか。日本人は、なにを基準に正しいと世界に叫ぶことができるのだろうか。ただ黙って国際化の波に漂うだけでは他国と対等の話はできない。


日本、1000年の精神の旅へ。

アジアの東の端にある日本に、陽が昇る。アジアで最も早く太陽の光が日本を照らすのである。「敷島の大和心を人間わば、朝日に匂う山桜花」本居宣長は誇り高き日本をこう詠った。日本固有の風、土、水、光、季節が生み出した日本固有の桜と日本固有の精神をこのように見事に詠った。日本固有の神道の畑に、仏教の風が吹き、儒教の水を撒いて確立された「武士道」は、1000年続く日本の魂である。神道の自然崇拝、仏教の死生観、儒教の道徳観を融合させた世界の宗教にも匹敵する日本の力強い精神は、武士の登場とされる鎌倉時代から江戸時代にわたる武家社会で磨かれ、築かれた。その第一に「義」がある。正義の道、正しい道のことだ。次に「勇」がある。正しい道を実行する強い精神のことだ。義を見てせざるは勇なきなり。正しい道を知っていながら実行しないのは勇気がないことだ、という意味である。次に「仁」がある。「仁」とは、仏教でいう「慈悲」のことであり、キリスト教でいう「愛」である。壮大な思いやり、雄大な気遣いのことで、人の上に立つ者には絶対に必要な徳目だ。そして「礼」「誠」「名誉」「忠義」と続く。武士道は100年以上前に新渡戸稲造により体系化され、世界で賞賛された。当時のアメリカ大統領ルーズベルトはその精神に感動し、多くの友人にこれを読むように勒めたという。新渡戸稲造は敬慶なグノスチャンだが、彼の宗教と比較しながら武士道の優れた精神を説いている。封建社会の精神であるとか、古いとかの批判をするよりも、日本の1000年の精神として活かしてみたいと思う。宗教なきわれら日本人の信念の拠りどころとなる。






2008年、謹んで新年のお慶びを申し上げます。

文・高野耕一
イラスト佐川能智